Monday, May 28, 2001

ぼくの1にち

ぼくはぼーだーこりーのおとこの子です。
なまえは「サン」といいます。
でも、パパもママも「ちゃん」ってよびます。
もうすぐ,うまれて半年になります。

ぼくはお外があかるくなってくるとおきます。
ママは 「まだ4時なんだからねてなさい」 っていいます。
でも、ぼくはがまんできません。
だから、ママをおこそうとして、なるべく大きいおとをたててしんぶんをやぶったり、ぼーるやくつやでっかいほねをママのかおにおとしたりします。
ちょっとまえまでは、ママもよろこんでおきてくれたのに、このごろはおきてくれません。

そのかわり、5じはんくらいになると、パパがときどきあそびにつれていってくれます。
とってもうれしいので、ついおおきなこえで 「ふひんふひん」 ってないてしまいます。
パパもママも 「しーーーーーっ!」 っていいます。
りんねえちゃんはぜんぜんなきません。
なんでかな?

あそびからかえってくると、パパもママもりさちゃんもどっかにいっちゃいます。
すごくさびしいけど、りんねえちゃんは 「そういうものなの」 っていいます。
そのかわり、いろんなことをしてあそびます。
ママとパパがいるときはテーブルの上にはのっちゃいけないけど、みんながでかけたらのってもいいんです。
こないだは、おなべのなかにおにくのはいったスープがあって、おなかいっぱいたべました。
それから、ざぶとんのわたをだしたり、りさちゃんのおもちゃを食べちゃったりします。

りんねえちゃんは 「なまごみ」 ってやつがだいすきです。
これだけはぼくはさわらせてもらえません。
りんねえちゃんは,ときどきすごくこわい顔でにらむんです。

ママとりさちゃんは6じにかえってきます。
とってもうれしくてなんどもなんどもとびつくと、りさちゃんはいつもないちゃいます。
かおやくびがきずだらけになるからです。

ママは 「ただいま」 ってあたまをなでてくれるけど、すぐにケージにはいってなさい、っていいます。
「やだよー」 っていうんだけど、きいてくれません。
ぼくがいるとそうじのじゃまなんだそうです。

いっしょうけんめいぼくがだしたざぶとんのわたや、やぶったしんぶんやちらかしたおもちゃや、うんちのついたカーペットをきれいにします。
そうじがおわると、ぼくのあしもあらいます。
きっと、さっきうんちふんだからだろうなぁ・・・。

そのあと、ごはんをもらいます。
「はやくはやく・・・」 ってもんくをいうと、りんねえちゃんにおこられます。
ねえちゃんだって、ママにくっついてさいそくしてるくせに。

そのあと、パパとママとりさちゃんのごはんです。
もしかしたらなにかもらえるかもしれないので、ずっとみんなのそばにくっついています。
りさちゃんが、おはしにおにくをもったままてれびをみてるときが、いちばんねらいめです。

そのあと、おもちゃをいっぱいだしてあそんでもらいます。
あそんでくれないときは、しんぶんをかじったり、
くつをかじったりすればぜったいあそんでくれます。

9じすぎるとだんだんねむくなってきます。
ママがなにかいってるようだけど、ねむいときはねむいので、よくわかりません。
ぼくは、ねつきのいいのがじまんです.
おやすみなさい。

「また4時におきるんだから、まだねるなー!!・・・・」


 ぼく...

Monday, April 30, 2001

だれのため?

犬の飼い方なんて十人十色,そんなもんだと思います.
犬にとって何が幸せかなんて,本当のところわかるはずありませんもんね.
ずっと繋がれっぱなしの犬だって,飼い主にバカ呼ばわりされてる犬だって,
みんな一生懸命生きてるし,飼い主を見る目には星入ってます.
それを不幸だって決めつけたら,犬に対して失礼かもしれません.

「犬のために××してやるべき」 とか 「○○したら犬がかわいそう」 なんてセリフは,どうも白々しく聞こえていけません.
大体,犬を飼い始めたのだって,彼らの望みを聞いたわけでも無いし,そもそも,犬って人間に都合良く作り変えられてきたんだし.
今さら, 犬のため もないでしょう...なんてね.

だから,ちょっとだけ考え方を変えてみる.

犬を理解しようとするのも,犬に時間を取るのも,犬に向き合うのも・・・ それもこれも,みーんな 人間が 幸せになるためなんだって.
例えば,こう開き直ってみれば少しはスッキリするかも.
そう, 「犬が喜んでるのを感じられたら (そう思いこめたら) 楽しいですよ」 って.

子供の頃は,自分が何かをしてるときだけ楽しかったものです.
それが,いつの頃からでしょう,自分より子供や犬が楽しんでいるのを見てるときの方が,楽しいと感じるようになってきたのは.
食うに困ってない者のたわ言?
そうかもしれません.
でも,そう感じるんだからしようがありません.

だから,私は犬と一生懸命遊びます.どこまでも自分のためです.
犬には喜んで欲しいと思います.
それを見て自分が良い気分に浸りたいから.
ときどきは他人にもそう勧めます.
「犬と一生懸命つき合えば,きっと 「得」 をしますよ」 という気持ちを込めて.

Friday, March 30, 2001

いぬのちから

 2月の初めだったかな,めずらしく平日にポッカリ時間ができたので,夫婦とりんとで,近所の裏山を散策したことがありました.山とは言っても30分で頂上に辿りつける,まあ何ということも無い雑木林で,おまけにここ何年来っちゅうくらいの寒波が来てたときで,人影の消えた寂しい枯葉道をテクテク歩きました.
 りんは...やっぱり大喜びでした.さすがにマキノの雪ほどじゃなかったけれど.
 何度も何度も通り道を往復したり,鳥の気配に耳をそばだてたり,こちらがちょっと隠れたりするとムキになって抗議しに来たり...冬の午後の2時間が,あっという間に過ぎていきました.

 でも,せっかくの平日の空き時間,共働き夫婦には,他にやんなきゃいけないことがいくらでもあったはず.掃除とか洗濯とか買い物とか... こんなことで時間を潰して良かったのかなぁーって,いまだに疑問です.とても静かで,楽しい時間が過ごせたのも確かですけど. 「りんのせい」 なのか 「りんのおかげ」 と言っていいのか,今だにわかりません.

 犬を飼い始めて,自由に旅行できなくなったことは確かです.でも,これまで何とも思わなかったようなところでも,楽しく過ごせるようになりました.犬が側にいて,彼らが楽しそうにしているのを見てるだけで(ホント,たったそれだけのことなんですよね),原っぱだろうが川岸だろうが雑木林だろうが,丸一日ぼーっとしてることも苦ではなくなりました.

 犬が 「自然と人間の通訳」 を演じてくれてるのかもしれませんね.
 そしてこれって簡単なようだけど,実は 「本能を一杯残し」 ながら,なぜか 「人間が好き」 ,その上 「遊ぶことが大好きで喜びを隠せない」 犬という動物だからこそ,初めてできるマジックなのかもしれません.

 そう考えると,今度のことも 「りんのおかげ」 と思ってしまうのでした.
 ま,今回も単なる親ばか話なわけですが...


 りんから一言 → 「わけのわからんことを...ひとっ走りするよ!」

Sunday, February 18, 2001

こんなこともあった...

 そうそう、りんが10ヶ月くらいの頃、しつけ教室っていうのに1度だけ参加したことがある。確か初夏の暑い日だったと思う。特に何かに困って・・・というわけではなかったのだけど、こういうところでどんなことをするのか、全く知らなかったので行ってみることにした。
 炎天下の中、ゴールデン、ラブたちに混じって指導を受けてきた。横に座らせて近くを訓練士が通っても動じない訓練。伏せさせて、飼い主が周りをまわっても動かない訓練。他人が近寄っても飛びつかない訓練。・・・・・・。
 ま、家庭犬の訓練、っていったところなんでしょうね。

 でも暑かったんです。
 人間だってタープの中にすぐに避難していたのに、黒ラブやB/Wのボーダーコリーにはちょっときついお天気でした。りんはしばらくイヤイヤ私につき合ってくれていましたが、とうとう、「フセ」をしなくなり、私が彼女の手をつかんでフセの形を整えようとしたとき、かなりきつく手を噛んできました。
 目は 「もうイヤだ!」 と訴えていました。

 こういうときは、形だけでもきちんとさせてから、終わりにするべき、犬が嫌がるのを犬の言いなりになってはいけない、といった意見をもらいました。

 でもね、私は 「りん、ごめんね」 って思いました。私だって、暑かったんだもの。そして、心の中で 「家庭犬、しっか〜〜く!!」 って笑ってました。

 それから2度とこの類の教室っていうのには行ったことがありません。

 今ですか?
 今もろくに 「マテ」 も 「スワレ」 もできません。 「スワレ」 と 「フセ」 の区別もかなり怪しいです。

 どんなところへ遊びに行っても彼女は私たちからつかず離れずふらふらしています。ときどき、私たちを振り返って、 「まだ遊んでてもいい?」 と目で訊いてきます。笑って首を縦に振れば、またその辺をうろうろ。 「帰っておいで」 と言えば、普通の顔で戻ってきます。喜んでいるのでも、媚びているのでも、しょげているのでもない普通の顔。

 訓練競技会にも家庭犬テストにも程遠いけれど、これが一番素敵な関係だと私は思っています。

 そりゃあね、たまには 「ちぇっ!!」 てな顔も 「えーーー!!!」 ってな顔もするんですけどね!

Tuesday, January 09, 2001

怒涛の9日間

 21世紀最初の冬休み.今シーズンはあんまり期待してなかったんだけど,タイミング良く降りだした雪のおかげで,山小屋遊びはロングランの雪合宿となりました.
 りん嬢は今回も炸裂なさいました.
 行きのドライブ中に,白いものがチラリと見えた頃からそわそわしだし,雪化粧の目的地に着いたときには,ケージの中で気もそぞろでした.車から出してやったとたん,頭から新雪に突き刺さったのには笑いました.

 いやーそれにしても,「こいつはバケモンか?」と思いましたね.
 雪玉投げ,ボール追い,かくれんぼ,フリスビー,,,手を代え品を代え,1日中(といっても4時間くらい)走らせても,まだまだ雪遊びに執念を燃やす白黒の毛玉.
 それが結局,最後の日まで続きました.丸々9日間.さすがに運動し過ぎじゃないかと,こちらが心配になってきたほどです.

 大体,嫌な予感はありました.
 もともと雪の好きな子でしたが,3歳になる前後から気力,体力ともますます充実し,1日中走りまわってもやる気ムンムンの犬になってしまいました.責任は飼い主の側にあるんですが...
 あ,ちょっと弁護しとくと,普段は家の中でとても静かにしてるんですけどね.

 フードをむさぼった直後,薪ストーブの前でアメーバ状態になったりん.
 「やっぱり疲れてるんだ」と,ちょっぴりホッとするのでありました.

 来年も遊べますよーに.

Thursday, October 19, 2000

農場にて

いました,いましたよ. 牧羊犬たちが.
想像していた通りのどんよりした気候と,寒々しい風景.
イギリスはイルクリィ・ムーア(荒れ野)のはずれの農場で,ごく自然に暮らしていました.

スカイ,グレン,モシィ,ロブ,ブレックン,キミィ,ホープ,キム,グリン,メグ,ジップ,ピップ,ジェイ....
とても全部は覚えきれません. でも,一頭一頭まぎれもなくボーダーコリー.
全体的に,思ってたより小柄. りんと大差無さそう.
トライアルチャンピオンの立派な血筋の子も,発育不良でみすぼらしい子も,
美人でキュートな子も,レスキューされたのに人が恐くてブルブル震えてた子も,
若々しい子も,年取って半分引退した子も,みんなみんな,立派に働いていました.

暖炉で温もったリビングに戻ると,犬たちもなだれ込んできて,思い思いの場所ではべります.
人懐っこい子はぐりぐり身体を押しつけてきて,そうでない子は離れて座ります.
みんな,お母さん(バーバラさん)にとても従順です.
でも,卑屈な感じや,びくついた様子は,これっぽっちもありません.
突然やって来た変な東洋人たちを,さりげなく,穏やかに迎えてくれました.

バーバラさんは言いました.
  「ただ仕事するだけの子や,人間に従うだけの子は,うちにはいないのよ.
   みんな自分自身の人生を楽しんでるし,なにより私の大切な友だちなんです.
   それだけはわかって欲しいの.」

後からやってきた頑固そうなおじいさんは,バーバラさんがいなくなるのを見計らって言いました.
  「どいつもこいつも,犬のことばっかり! まーったく!!」

羊を追っているときは,彼らが一生懸命頭を使っているのがわかります.
興奮しているというよりは,神経を一点に集中している感じ.
小さく「アウェイ」と囁くだけで,農場の端から端まで突っ走ります.
おなじみのクラウチング姿勢と,視線による羊のコントロール.
少しでも動きがわからなくなると,チラチラッとバーバラさんの顔色を伺います.
よく注意していると,ほんの少しですが,彼らのボディランゲージがわかったような気がしました.

遊びに行く場所も無い小さな村なので,夕食はホテルでちょっぴり贅沢しました.
たった2日間でしたが,思いきって訪ねて良かったと,しみじみ思いました.ホント.

Oct 19, 2000

Sunday, January 30, 2000

水が好き

 りんとの生活を振り返るとき,「水」との関わりを忘れることはできません.
 最初のきっかけは思い出せません.もしかしたら公園の水溜りかもしれませんし,大好きなマキノの渓流だったかもしれません.

 要するにどこかで覚えたんですね,水に浸かってヒヤ〜とする快感を. とにかく好きなんです. 生まれて始めてだだっ広い琵琶湖や海を見たときも,恐がる様子はありませんでした. 水に入る前に一瞬躊躇するとか,逆に思いきって飛び込むといった気負った感じはありません. 岸を歩いているそのままのペースでズブズブと入っていきます. 前世はカワウソかオットセイだったのかも.

 半年から10ヶ月くらいまでの最初の夏,こちらの油断を見透かしてはいろんなとこで水に入りました. 様子を悟られると引き戻されるのを知ってか,ぜんぜん興味が無いフリをしながら,いきなりズブッと いくのがきゃつの作戦です. 公園の噴水なんか良い方で,澱んだどぶ川や田植え中の田んぼ(お百姓さん,しっかり跡つけてごめんなさい),果てはドドメ色した強烈な匂いのどぶ池まで,水と見るや入ってみる癖がつきました. 「うわっ!よるな!」という声やしぐさが,やつには遊んでるように見えるのかもしれません.

 人に言わせると「お風呂に浸かってる」ように見えるそうです. たとえ水が浅くても,肩までしっかり浸かって,遠い目でじっとしてるからでしょうね. 何億何兆ものばい菌が,歓声を上げてアンダーコートの中を進軍していく様をイメージしてしまう私は,後始末の大変さもあって(ヌルヌルのついた身体を抱き上げて,マンションの4階まで運んで風呂に入れる),ほとんど逆上してしまうのでした.

 良い思い出と言えばマキノの渓流. これは夏でも冷たくて綺麗なので,見ている人間も心安らかに至福の時を過ごすことができます. そばの高原で走りまわり,暑くなると渓流でクールダウン...これで永久機関のできあがりです. 清流の中に深々と身を沈めながら,流れてくる水をカプカプするりん. 犬が喜んでるのを見るのがなんでこんなに楽しいのか...そんな疑問さえ浮かぶ瞬間です.

 それから忘れられないのが,長良川で過ごしたオフ会の日. 結構急流の川をボールやカヌーを追いかけて泳ぎまくった日の夕方でした. 精魂使い果たしたのか,道の真中で文字どおり「パタッ」と倒れてしまったのです. 私たちは心配するより先に,「ざまあみろ」と言って笑いこけたのでした.

 3歳を前にした今,さすがに「ストップ」や「ノー」で立ち止まるようになりました. いや,なったと思ってました... 今朝,綺麗に裏切られるまで. 運動の後,やつはふらふらと噴水に近づき(なんだか,正常な判断ができなくなった××中毒患者を見るようでした),コマンドが「聞こえないふり」をしながら,まんまと水に浸かったのでした.

 少し臭う水をボタボタ滴らせながら上目使いでざんげして見せる君.
 はっきり言ってやりました.

 「遅いんじゃ!ぼけ!!」

こんな関係もある

 今回は,ボーダーコリーとこんな風に付き合ってみたい,というお話.
 りんと暮らし始めて,いろんな場でいろんな犬と人の関係を目にしてきました. 競技会,ドッグスポーツ,犬飼いの集まり,etc, etc. そんな中で,これまで私が一番いいなぁ〜って思ったのは,ある犬ゾリ大会に来ていた カップルでした.

 どう良かったかって言うと,大会が終わった後の2, 30分しか見ていなかったんですが, その人が後片付けを手伝ったり知り合いと駄弁ったりしている間,その子 (ボーダーコリー)は飼い主からつかず離れずといった感じでぶらぶらしていました. そして,用事が終わったのか「帰ろうか」と声をかけられて車に戻っていきました.

 実は文章にするとたったそれだけなんです.それだけなんですけど,なんというか... 良かったんですよ,その雰囲気が. 他の犬や人が近づこうが,どこかで犬が咆えようが,その子は穏やかに その辺をぶらぶらするだけでした.でも,それとなく飼い主の様子だけは伺って いて(「顔色を伺う」みたいな卑屈な感じとは違います), ときどき短い会話を交わしたります.「服従している」とか,ましてや 「ビビってる」ような様子はぜんぜんありません.ちょっと違うかも しれないけど,長年連れ添った友人や夫婦のような感じ... あえて言葉にすれば,互いに相手を尊重した信頼関係,とでも言うんでしょうか? とにかくまあ,そういう自然体で肩の力の抜けた関係でした.
 そういえば,あるTVで見たイギリスの農場のボーダーコリーたちも,ちょう どそんな雰囲気でした.「ボーダーってハイパーって言うけど,本来 こうなんじゃないだろうか?」そんな思いが頭をよぎったものでした.

 振りかえってりんとの関係を見てみると,自分なりに自然体で 付き合おうとしてきたつもりなんですが,まだまだ,そこはかとなく 緊張感みたいなものがつきまとっています.遠くには行かない,とか, 呼べば帰ってくる,という気持ちはあるんですが,それでも人や犬が近づくと 心の中で身構えてますし,りんの方も不安そうなしぐさを見せたりします. こちらは静かに歩きたいのに,りんは遊びたくて一人で興奮している,なんて こともあります.心の底から信頼しているわけではない,ということなんでしょう.

 最近,ステキな本に出会いました.著者は子供の時から牧羊犬に 囲まれて暮らし,今も有名な牧羊犬訓練所の所長をされている女性です. 一部を読んだだけですが,その中で,「訓練やしつけの前に,まず犬と 会話できるようになること」が重要であり,そのためには, 「犬と対話するような良質の時間(quality time)を多く持ちなさい」という 意の文章がありました.それに「ボーダーコリーは元来プライドの高い犬種. 敬意を持って接してあげて欲しい」とも.
 だいぶ前にこのエッセイにも書きましたが,「犬の飼い方」や「しつけ」などの How-To情報の氾濫,特にその根底に流れる「リーダーの威厳を示すために 高圧的に接する」精神(すみません.勝手な思い込みです)に違和感を 抱いていた私は,「そう,そうだよな!」と心の中で拍手を送りました.

 ボーダーコリーの長所は運動ができて頭が良いこと−−−確かにその通りだと 思います. でも,何といっても一番すごいのは,彼らが飼い主と「語り合える」こと... それくらい聡明で感受性の強い犬種であることだと思うんです. それに,もしかしたらこれは,(ハンドラーの指示に従うことが絶対である) 仕事犬や競技犬では案外難しくて,家庭犬だからこそ引き出せる長所なのかもしれません.

 そんな彼らがいつか心を開放してくれるような,肩の凝らない息の長い付き合いが できればいいなと思っています.

おつかれさま

 りんが今までに覚えたこと.
 「りん」が自分だってこと.
 家の中で暮らすこと.家の中では静かにすること.誰かと一緒じゃなきゃ外に 出ちゃいけないこと.マンションの中ではダッコされること.ごはんはお皿から 食べること.食べたくても「OK」が出るまで我慢すること.待つときは座ること. みんなが寝るときは自分も寝ること.おとなしくお風呂に入ること. トイレを決まったところですること.いつもちゃんと目を見ること. おもちゃとホネ以外は齧っちゃいけないこと.物を運ぶときはお手伝いすること. お手伝いするとお菓子が貰えること.生ゴミをあさるとこっぴどく怒られること (でもやめられない〜).猫とは仲良くすること. 普段は家の中でずぅぅぅぅぅーっと一人ぼっちで留守番すること. 誰かが帰ってきても,飛びついちゃいけないこと.

 外ではリードを外しても遠くに行っちゃいけないこと.喧嘩してはいけないこと. 子供に歯をあてちゃいけないこと(ボスの手と踵はOKだけど!). ボールを追いかけて持って帰ること.車の中でおとなしく待つこと. 鳥や車や自転車を見ても追わずにガマンすること.拾い食いをしないこと. 勝手に水に飛び込んじゃいけないこと.

 いろーんな「ことば」.
 カム,ゴー,ダウン,おんぶ,ステイ,ジャンプ,カムバイ,ウェイトゥミィ, キャッチ,ドロップ,アップ,ロール,ハンド,タッチ,グッド,オーバー, ファインド,よしこい,フェッチ,ハウス,ブレイク,ごはん,ノー,だめ, プール,川,たまご,ブラシ,パパ,ママ,りさ,たろう...
 いろんなしぐさ,表情.

 それから,それから,頭がパンクしそうなくらいたくさんの「きまり」.  

 ・・・犬が人間と暮らすのって,その逆よりずっと大変なんではないのかな?
 そんなことをふと考えてみたりするのでした.

2つのお仕事

 犬とお仕事をしようと思っている人は最近多いでしょう.特にボーダーコリーは万能(Versatile)と評されて,何でもできる犬だからいろんなことに挑戦するのが楽しいと思います.決まりきったところではアジリティや訓練競技会,ディスクドッグってところでしょうか?
 もちろん,競技会や大会に参加しなくたって,ただ,ボールを投げて捕ってくるだけだって,ウォーキングやハイキングのお供だって,飼い主と一緒の立派なお仕事だと思うのです.飼い主がこうして欲しいって思うことがこんなに通じる犬はいないのではないかって思います.

 でもね,もっとすごいのは自分で考えてお仕事ができるってことだと思うんです.飼い主に代わって家の中を仕切ろうとしたり,飼い主が何かをしているときに周りを守ろうとしてくれたり.

 以前,ボーダーコリーを飼っている何家族かでバーベキューをしたことがありました.みんなそれぞれに思い思いにその辺をふらふらしていたのですが,肉が出てくるとそうもいきません.盗み食いを試みる輩も出てきました.りんも盗み食いは得意なのですが,パパが焼く作業をしていたために彼女は肉を守るほうになりました.近づいてくる犬たちを威嚇して肉を守ってくれるのです.パパが焼く作業を誰かに交代したとたんに,肉を守る役も降りました.とってもわかりやすい,自分で考えた行動だったんですね.

 コマンドにすばやく反応し,ビシッと飼い主の目を見てきびきびと動くのがボーダーコリーなら,いつも飼い主のために仕事をしようと考えてくれるのもボーダーコリーではないでしょうか.

 いつも飼い主に代わって監視され,ときに濡れ衣を着せられる(りんが告げ口するので)我が家の猫にはいい迷惑でしょうけどね.

りんとの出会い

 我が家のボーダーコリーはりんと言う.漢字で「凛」,英字表記で「Lynne」と決めた.ボーダーコリーを犬種図鑑なんかでちょっとだけ調べて,凛々しい子になって欲しいなあという気持ちからつけたんだけど,凛々しいには程遠い甘えんぼなので結局ずーっと平仮名の「りん」.
 私たちがボーダーコリーを飼いたい!と思って向かった先はご多分に漏れずペットショップ.他の流通経路なんて知らなかったし,ブリーダーという言葉すらちゃんと理解していなかった.1997年12月の話.まだそのころはあまり見かけない犬種だったので,ペットショップにお願いしてどこからか連れてきてもらうことになった.「見てから気にいったら買ってくれればいいから.」とそこのおじさんは言ってくれたけど,一目見てこの愛くるしさに負けましたわ.生後55日の毛玉でした.

 一応,一般的な「子犬の飼い方」については説明を受けたし,獣医さんの紹介もしてくれた.ペットショップにしては良心的なほうだったのかな? しかし,「子犬の飼い方」はことごとくりんに裏をかかれたような気もする.

 毎日がいろいろな意味での「なんで?」の連続だった.なんでこの子はトイレの上で寝るの?なんでこの子は教えもしないのにおもちゃをレトリーブしてくるの?なんで猫のウンチを食べるの?なんで今寝てたベッドの上におしっこするの?なんでこの子はまっすぐ人の目を見つめるの?・・・

 ボーダーコリーのことが,というよりもりんのことをもっと知りたくてインターネットの犬の世界に足を踏み入れてみた.そういえば,「やさしい子犬の飼い方,じゃなくてボーダーコリーの飼い方教えてください!」なんて,どこかの掲示板に書いたっけ.(その節から現在までなにかとお世話になっております.)

 私が入った,とある犬の世界はとっても奥の深いところだった.犬を擬人化することもなく,自分の犬達をしっかりと観察し,常に客観的な事実を元に,「犬と暮らす」という一見簡単そうなことを掘り下げていく人たちが何人もいた.

 それまでにも犬が好きで犬のことを勉強しようと漠然と思っていた私は,ある団体の資格試験を受けようと教本などを読んでいたが,この勉強が現実の犬達のことに結びつきを持ち始めたのは,この犬の世界のおかげと言っても過言ではなかった.実際にりんを我が家に迎えて,りんと向き合うことでようやく本に書いてあることを実感できるようになってきたのだ.

 ところがそれは困ったことに,今まで私のとってきた行動を私によって否定されるという皮肉なことになってしまった.

 どんな本にも書いてある,犬の社会化期.この時期に親兄弟から離されペットショップにいる矛盾.2ヶ月の子犬が心に負った傷を癒すのに何年もかかったと言う話も聞いた.そんな精神的な情緒を育む大事な時期にガラスケースに入れられている子犬たち.
 それから,ボーダーコリーはこんな犬よ,と説明してもらえる人を最初から探せばよかったこと.親犬が見られれば百聞は一見にしかずだったこと.

 だからといって,りんが悪い犬というわけではけっしてない.たまたま出会った場所がペットショップであっただけ.彼女のおかげで世界が広がり,人生を変えられたんだもの.そして私たちのところで一生を楽しく送らせてやること.これが私たちが手に入れた命と彼女の一途な愛に対する私たちの義務.

 どんな出会い方をしてもこの義務は変わらない.この世に生まれてきた犬たちがみんな幸せになりますように.