Tuesday, January 02, 2007

ぐびちとぐび穴のあやしい関係

どうも~,ぐれぐです.
よろしくな.

この冬はあったかいなんてゆだんしてたら,さすがに寒くなったね.
きのうなんか,せなかにぞくっときたと思ったら土間でちびっちまったよ.
いつもはがまんできるのに,ざまーないね.

オレは,寒いからといって部屋でゴロゴロなんかしない.
やること一杯なんだから.
ごはん食べたり,ウンチ出したり,外で走ったり,部屋で遊んだり,出かける家ぞくを見おくったり,客を迎えたり,そんなのだけでも大変なのに,たまにはニワトリにカツ入れなきゃいけないし,ネズミの匂いをとったり,外の見張りもこなさなきゃいけない.
そうやって数えてくと,1日ってすごくたくさんのことがつまってるんだけど,それがふと気がつくと何日も何十日も何百日もすぎちゃってたりする.
なんかだまされたような気がするけど,ま,世の中,そういうもんかもね.

2かいに住んでたまっしろい猫や,ケンカっぱやいガングロ羊たちがいなくなって,そのかわり,がーがーしゅーしゅーうるさい鳥がいたりして,いつのまにかファームのメンツが替わってる.
オレをけっ飛ばしやがったアホ面のにしきだけは,あいかわらず,ず~っと草を食みつづけてるけど.

そーいや,にしきにけっ飛ばされたオレはからだも小さかったし,ジャンプも低かったし,おしっこの回数も多かった(と思う).
このオレとはぜんぜん違う.
あれだけこわかったりん姐さんも,気がつけばオレよりチビになってる.
なんとゆーか,なんだかかわいく思えちゃったりするんだよね,わるいけど.

そんなことを考えだすと,あたまがグルグルしてくる.

つまり,オレがオレだと思っているオレは,ほんとにオレだったんだろーか?ってね.
もしかしたらそいつは,オレよりからだがちっこくて,ジャンプが下手で,おしっこの近い別のオレだったのかもしれない.
まっしろな猫がいるファームと,まっしろな猫がいないくて変な鳥がいるファームって,同じものなんだろうかそれとも別なんだろうか...
オレが両方のファームにいるんだから同じかな...ってそうか,そのオレとこのオレは違ってるかもしれないんだから,それはわからないのか...
う~ん???

思いきって聞いてみたら,オヤジはこう言った.

「それはさーぐれぐ,きっと "とき" のせいだよ」

とき? なんだそりゃ?
それってどこにあるんだ? 食えるのか? 匂いは?
いきおいこんで質問すると 「犬には "とき" はわからんのだ」 と言ってにげるんだけど,オレは,オヤジが困ったようなあせったような表情をするのを見逃さなかった.
そうか,それはきっととてもだいじなもので,どこかに隠してあるにちがいない...

だからオレは庭を掘る.
前あしで,ばっばっばっばっばっばっばっばっばっばってね.
それ見てオヤジはやっぱり困ったような顔をするから,たぶん "アタリ" だ.
きっと何か隠してる.
ほらもう少し,ばっばっばっばっばっばっばっばっばっばっ...
穴はすごくでかくなって,オレのからだがすっぽり入るくらいになった.
そのうち,前あしがいたくなって舌がでろんと出ちゃうけど,あたまがグルグルするよりはずっと気分がいい.

そういえば,穴ぼこってたしかにそこにあるんだけど,見ることもさわることもできない.
知ってたか?
もしかしたら "とき" ってこの穴ぼこみたいなものかもしれない.
そうだ,これをどんどん大きくしていったら,"とき" がどんなもんかわかるかもしれない.

よーし,もっともっと掘るぞー.
忙しいから,またな.

Thursday, December 21, 2006

じぇちの一分

田舎娘が3回目の誕生日を迎えた.

同じ一つ屋根の下に暮らしながら,できれば一人にしておいて私のことは放っておいてと,居間に集ったメンバーを土間の隅から上目使いで見ていたころが懐かしい.(...って,ついこの前のことだけど)
そんな彼女もようやく,ほんとにようやく,みんなと一緒にくつろげるようになった.

思えば初対面のときから,彼女にはどこか幸薄いイメージがあった.
フォークリフトが走り回る空港の貨物置き場に置かれた犬用ケージ.
その一番奥からこちらを窺う目つきには,子犬らしいオープンな無邪気さはなかった.

もちろん犬それぞれの性格にもよるのだろうが,長い時間を一人ぼっちで輸送されることは,幼犬の心には大きすぎる負担なのかもしれない.
街のマンションからファームののんびりした環境に移ってからも,あまり人に寄りつこうとしない頑なな態度はなかなか変らなかった.(理由はわからないけれど)

今,彼女はソファに腰掛けテレビを見ているHiroさんの横にぺったりとはり付いている.
身体を撫でられながら,穏やかに目を細めてウツラウツラしている.
大進歩だね.
そんなのフツーじゃんと笑われそうですけど,そのフツーのことができるようになるまで,彼女には長い長い時間が必要だったのです.どうか褒めてやってください.

ただHiroさんへの態度は随分と軟化したけど,週毎にしか会わない私に対してはまだぎこちなさが見え隠れする.
もちろん,顔を見れば歓迎してくれるし,足元に倒れこんでヘソ天になったり,撫でてよとばかりに頭を擦りつけてくることだってある.
しかしそれは,見知らぬ客に対しても同じだし,リラックスするというのとはまたちょっと違う.
どこか身体にチカラが入っているというか,ざーとらしいというのか.
「心まで許したわけじゃないんだからね」...ま,どーせそんなところかな.

ひょっとしたら,それが彼女流のケジメなのかもしれない.
ほんとに不器用な娘ですから.
あと何年かすれば,ぐれぐのように屈託なく甘えられるようになるんだろうか?
 

Friday, September 08, 2006

問題でないこと

一人ソファで寛いでいるりん姉.
その50cmくらい後ろから身を屈めながらジリジリ忍び寄るぐれぐ.

りん姉の尻尾の辺り,彼女が所有を主張してるのかどうか何ともビミョーな位置に,おもちゃ用の骨が落ちている.
ぐれぐはその骨の奪取に挑んだのである.

あと10cm...
ぐの企みに気づき,身体を硬くして警戒するりん.
うっすらと口を開け,りんを凝視したまま首だけを伸ばしていくぐれぐ.(あんたは亀か?)

「姐さんには他意はござんせん! あっしはこの骨だけ拝借したいんでっ!」
必死のボディランゲージが通じたのか,首尾よく骨の持ち出しに成功する.

...以上,ぐれぐの 「りん姉を地雷に見立てた肝試し」 遊びでした.

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2006年9月現在,ファームの犬の構成は,
 りん姉(熟年,女),
 アニキ(壮年,男),
 じぇち(若年,女),
 ぐれぐ(少年).

この中にあって,りん姉の立場は微妙だ.
最古参でありながら体格や体力は他の3頭に較ぶべくもない.
マンション暮し時代は何をやるにも彼女が主役だったが,ファームではほとんど仕事の順番は回ってこない.
家畜を見かけるとヒャンヒャン吼えて突進し,それで相手がビビらなければあとは無関心を装うしかない彼女は,いわゆる "弱い犬" なのだろう.

そういう犬は大抵そうだと思うのだが,他の犬に対して心が狭い.
他犬が近寄ってくると,カツカツ歯を鳴らしたりガウッたりして威嚇してしまう.
それで相手が引かなければ諍いに発展することもある.

彼女がそんな "jerkyな" 動きを多用するのは,私たちの責任かもしれない.
りんを迎えて何もかもが試行錯誤だった頃(今もそうだけど),しつけの中で私たち自身がそういう動きを使ってしまったからだ.
もちろん持って生まれた気質もあるだろうが,教えなくてもいいことを教えてしまったのは確かだ.
申し訳ないと思っている・・・って違う違う,そんなこと書きたかったんじゃない.

普通,そういう性格のメンバーが群の中でどう扱われるか? 
人間的な感覚だと,バッシングされたり避けられたり邪険にされたり,何かと窮屈な立場になりそうなものだが,実際はそうではない.
これはHiroさんに指摘されてなるほどそうかもねぇと思ったのだけれど,どうやら彼女は他の3頭から好かれてるらしいのである.

いつも退屈しているぐれぐは,わざわざ危険を冒してまで彼女の気を惹こうとする.
不器用なじぇちは適度な距離を置くことで,ガタイのでかいアニキは独特の度量を示すことで,彼女を含めたメンバー全体のバランスをとってくれている(ようだ).
そんな中でりん姉は, 「口うるさいが周りから愛されている偏屈なおばちゃん」 的なキャラを存分に発揮しながら,ノンシャランと日々を送っている.
そういえば最近はカツカツの頻度も随分と減った.
彼女は彼女なりに他の3頭を尊重しているのだろう.

家畜追いが難しい彼女にどんな役割を与えれば良いか,正直私たちに良いアイデアはない.
「力関係」 とか 「群の順位」 などという問題もあるかもしれない.
しかし人間がそんな賢しらな心配をする前に,犬たちは彼女に居心地の良いポジションをちゃんと用意してくれている.

私たちは犬の "問題" にはすぐに目がいくけれど, "問題でないこと" にはなかなか気がつかない.
そんなことがまだまだ一杯あるような気がする.
 

Friday, June 02, 2006

魔法の杖

昔,山の中をりんとさんを連れて散策していたとき,それまではしゃぎまくっていたさんが突然,山道にうずくまってしまったことがある.
頭を下げ耳を倒し,尻尾を腹の方まで巻き込んで凹んでいる.

一瞬わけがわからなかったが,そういえばその直前,拾った木の枝を振り回して,ノックみたく小石を打っていたことを思い出した(まるで子供やね).
さんがそういう状況を極端に嫌がることを知ったのはそのときである.

彼が犬や人や物音に対して物怖じしない性格であることはすでに過去のエッセイに書いた.
ずーずーしい(あるいは自分の欲求に正直)と言えましょう.
しかし,人間が振り回す棒や道具には敏感である.
はっきり言って怖がっている.
ファームの放牧地で杭打ちをしていたとき,遠く何十メートルも離れた裏庭で,人知れず這いつくばっているさんが豆粒のように見えた・・・なんてこともあった.

彼は生まれてこの方,棒で攻撃されたことは無い(はずである).
だから,この感覚は生まれつきとしか思えない.
繰り返すが,彼は人や物音を特に警戒することはないし,もちろん落ちている棒を怖がることも無い.
ただ,人が棒を持って振り回すと怖いのだ.

そう言えば,ファームの家畜たちにも棒の力は大きい.

秩序とか遠慮とか謙譲などという言葉とはまったく無縁の世界に生きているアナーキーなニワトリたち.
夕方,放牧地に散開して虫を見つけてはキャーキャー騒いでいるヤツらを回収するのは一苦労だ.
後ろから追おうとしても,すぐに方向を変えてしまう(彼らは逃げようとしてるだけだから,当たり前だが).
ところが,娘が "魔法の杖" と名づけた竹の棒をゆるゆると使うと,非常にうまくコントロールできる.
リードで引っ張ると力ずくで抵抗し,後ろから追うと好き勝手な方向にジャンプして手を焼かせるヤギどんも,同じ魔法の杖でスムーズに誘導できる.

繰り返すが,彼らにしても棒で叩かれたり攻撃されたりした経験は無い.
それでも,人が差し出す棒を避けようとするので,それを利用して誘導することができる.

なぜかはわからないけれど,彼らは,私たちが感じるよりも大きなプレッシャーを棒から受けているようである.

棒に限らず,私たちは動物とのコミュニケーションに道具を多用する.
それらを適切に使えば有効なことは実証されている.
しかし,そのときに彼らが何をどう感じているかを知る術は無い.

そもそも,効果さえあれば "そんなこと" は知る必要も無いのかもしれない.
でも,たまに "そんなこと" に思いを馳せてみることくらいは,あってもいいような気がする.

Friday, February 03, 2006

ったく、ボーダーコリーって奴は・・・



どちらかというと辛い思い出になるのですが,8年ほど前,猫ブラシを買おうと立ち寄ったペットショップで売り物の子犬たちを眺めていたことがあります.

たくさんのケージに入れられた犬たちは,それぞれ遊んだり,歩き回ったり,来店客に飛びつこうとしたり,,,いかにも子犬らしく辺り一帯が騒がしい感じでした.
そんな中で1頭,檻の中から私たちを見つめてくる犬がいました.
おそらく売れ残りだったのでしょう,ケージが窮屈なくらい大きくなっていて,容姿は地味というより何だかみすぼらしく見えました.

何をするという目的も無かった私たちがすぐに立ち去ろうとしたところ,その子は寝転がってオモチャを咥えた姿勢のまま,目だけで私たちを追いかけてきます.
別にそのこと自体は変でも何でもなかったのですが,周りのざわついた雰囲気の中,その落ち着いて妙に大人びた感じの目線に,ちょっと意表を突かれたような気がしました.

結局,その犬とは二度と会うことはありませんでした.
しかし日が経つにつれ,その意思的な目線の印象がどんどん強くなり,ついには本を繰って調べるまでなりました.
私たちが "ボーダーコリー" という名を初めて知ったのはその時です.

それ以来,子犬だった(のが今や信じられない)リンを迎え,雑誌やWebで情報を漁り,ホームページを立ち上げ,犬を通してたくさんの友人と知り合い,農場で働くシープドッグたちと交流し,見よう見まねでミニファームを作り,いつのまにか家畜たちと4頭のボーダーコリーと暮らすようになりました.
それにつれ,私たちが彼らに対して抱くイメージは少しずつ変わってきました.
いや正確には,最初はぼんやりとしていたイメージが,年を経るとともに鮮明になってきたと言うべきかもしれません.

ここでは, 「私たちにとってボーダーコリーとは何?」 なんて安直なインタビューみたいなことを書いてみたいと思います.

犬種をどう思うかなんてまぁ人それぞれの思い込みで良いじゃん,と頭の片隅で思いつつ,彼らを取り巻く状況がどんどん変わっていく中,この辺で自分たちの気持ちも整理しておきたいという気持ちになりました.
色んな思いが頭ン中でグルグルしてうまくまとまらないのですが,とにかく書き始めてみることにします.

++++++++++

−2つのバランス−

結局のところ,ボーダーコリーってこれに尽きるんじゃないかと思っています.
そう,単純です.
単純だけど難しい.
難しいけどそこにある.
煙にまくような言い方ですが,正直,そんな感じです.

一つ目のバランスとは,言わずと知れた家畜追い(ハーディング)のセンスのことです.
警備係なども含めて牧羊犬の仕事も数々ありますが,ボーダーコリーがもっとも得意とするのは,放牧地に広がった羊をまとめ,ハンドラーの元に連れてくることです.
この羊というやつ,自分でやってみるとわかりますが,フラフラ動くくせに中々思う方向には進んでくれません.
「買い物カートを後ろから突っつきながら動かしていく感じ」 と表現する人もいます.

羊をうまく誘導するためには,動かしたい方向と,羊,ハンドラー,他の犬,障害物などの位置を把握して,自分がどこに立ってどれくらいプレッシャーをかけるべきかを迅速に判断して実行する必要があります.
これには視野が広いこと,状況をすばやく総合的に判断できること,デリケートな力加減ができること,根気があることなどが要求されますが,これらはまさにバランス感覚と言えるでしょう.

ただ,上のように書くと羊を動かすのがヤケに難しく聞こえますが,練習すれば子供にだってできますし,きめ細かく指示すれば他の犬種でも十分可能です.
ボーダーコリーのユニークな点は,この能力がブリーディングで培われた天賦の才能だということです.訓練で身につくものでも,人が教えるものでも,ましてやコマンドで逐一指示するものでもありません.
本能という言葉には 「理性的でない」 という悪い語感もあってあまり使いたくないのですが,生まれながらにして持っている才能や感覚のことをそう呼ぶとすれば,ボーダーコリーにとってこのバランスはまさに本能だと言えます.

もちろん,たとえバランスが本能であっても,仕事や作業としてのハーディングをこなせるようになるためにはトレーニングが必要です.しかし,そのアプローチは一般に言われるしつけや服従訓練とは異なります.
後者の目的が犬の本能を抑えつつ(人にとって)望ましい行動に誘導することなのに対して,前者はむしろ,彼らの本能を引き出して育てることにあるからです.あえて分類すれば,しつけや服従訓練は抑制的な,ハーディングは解放(あるいは育成)的なトレーニングと言えるかもしれません.

(どうも世の中ではこの辺がゴッチャにされてるような気がしてなりません.ちなみに,ハーディングのトレーニングには,"トリーツ" や "罰" や "大げさに褒める" などの細工は必要無いと言われています.人と作業することも含めて,彼ら自身の衝動や欲求がモチベータになるのでしょう.)

++++++++++

−第2のバランス−

ただし,これだけで彼らが有能な働き手になったわけではありません.



実際のハーディング作業では,進む方向を途中で変えたり,群れを分断したり,作業を中断したり,時には本能に逆らった動きまで必要になります.
作業の最中,彼らは家畜を目の前にしてかなりの興奮状態にありますが,それと同時に冷静さも失っていません(作業中に尻尾が "J" の字を描くこともその証の一つ?).興奮というよりは集中と言うべきなのでしょう.家畜に神経を集中しながらもハンドラーの指示に耳を傾け共同で作業しようとしています.

この自制心と言える心のコントロールと人と共同で作業しようとする意志(あるいは欲求),これらを私たちは第2のバランスと呼びたいと思います.
このおかげで彼らは農夫たちから厚い信頼を獲得し,生活を支える仕事のパートナーになる一方で,日常生活においても友人と称えられるまでになったのでしょう.

・・・と,ここまでは,一貫してハーディングにまつわる話なので,自分とは関係の無い世界の話だと感じられた方も多いかもしれませんが,これら 2つのバランス(特に後者) は,牧場を離れた場でもとても重要だと思っています.
ボーダーコリーの特長の一つに,さまざまな環境下でも力を発揮する高い適応能力(もっと正確に言えば,人の意に沿って積極的に環境に適応しようとする意志と能力)があります.
牧羊業が斜陽となってからも,彼らはさまざまな役割を担って人間社会に入っていくことになるのですが,それにはこの適応能力が大いに働いたはずです.

だだっ広い牧場で状況に俊敏に対応するため,彼らは敏感で繊細な神経を備えています(=第1のバランス).これはもちろん彼らの長所でありそれを目指してブリードされてもきたわけですが,刺激の多い人間社会で暮らすには時としてハードルになることもあります(例えば音や動くものに過敏に反応する傾向などは良く知られています).
しかし実際には彼らは,必ずしも快適でない環境でも人と一緒に行動することを好み,さまざまな要求に応えようとします.
これには,彼らに培われた第2のバランス,すなわち "自制心を持って人に従おうとする意志" の果たす役割が大きいのではないでしょうか?

++++++++++

−シープドッグという名の家庭犬−

私たちを含めて,ボーダーコリーを家庭犬として迎え,共に暮らすことを楽しんでおられる方は多いと思います.
彼らが家庭犬として適しているかどうかは人によって意見が分かれる(あるいは ”家庭犬” の意味が人によって違う)かもしれませんが,人の感情や意図をきめ細かく汲み取り,人とともに行動しようとする犬だということは異論の無いところでしょう.
この性質は,それを目指してブリーディングされてきたというよりは,むしろハーディングにおける第2のバランスを追及する過程で備わってきたものだと私たちは考えています.

世の中には,彼らを勝手に分類して(例えばショウ系とかワーキング系とか,あるいは家庭犬とかスポーツドッグとか),しかも 「ワーキング系はハイパーで飼いにくい」 などのレッテルを貼ってしまう風潮が一部にはあります.あるいは, 「家庭犬には必要無いので,ハーディング本能は弱めていくべきだ」 という意見まで耳にすることもあります.またその一方では,競技会などで活躍する例が多いからでしょうか, 「ボーダーコリーを持った以上,何かをしなくては!」 と焦りにも似た感じを抱く人も多いようです.



これらは一見もっともらしいし,ある意味わかりやすくもあるので,何となく納得してしまいがちなんですが,私たちには賛成できません.
ボーダーコリーはボーダーコリーです.
世界中に散らばった彼ら1頭1頭の身体には,例外なくスタッドブックの1ページ目に記載された犬の血が流れています.何世代もかけて磨かれてきた優れたバランス感覚を身に備えているはずです.

自分の立場や役割を理解し,家族の一員として楽しく穏やかに暮らしていくことも,シープドッグの重要な資質の一つです.
たとえ羊を追う環境は無くとも,シープドッグという名の家庭犬は存在するのです.

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−幸運な偶然−

繰り返しますが,ボーダーコリーは2つのバランスを目指して農場で作られてきた犬です.
その子孫は私たちにも身近な存在となり,さまざまな形容が与えられるようになりました.
曰く 「頭が良い」,曰く 「運動神経が良い」, 「人間に忠実」 「訓練性能が良い」 「スタミナがある」 「均整のとれた頑健な身体」,etc,etc.
つまり,農夫たちがひたすら自分たちの働き手を確保しようと作ってきた犬が・・・ただ役に立つかどうか,優れたバランスを持っているかどうかで選別されてきた犬が・・・結果としてどんな犬種よりも人に近く,あらゆる競技や仕事で活躍する犬になったわけです.
これって,,,もしかしてとても稀有な偶然と言えるんではないでしょうか?



バランスというのは何かができるとかできないとか,ましてや勝った負けたの問題ではありません.さまざまな能力や性格や身体が一個の生物個体の中でどのように調和しているか?ということです.
感覚的であり不可視であり,おそらく主観的なものでしょう.その意味で奥深く難しい性質と言えるかもしれません.

しかし,じゃあ私たちがおいそれとは実感できないかというとそうでもありません.
例えば,私たちがある農場で熟練したシープドッグと作業させてもらったとき,ド素人の私たちにもその一端を感じることができました.

彼らが暮らす世界がどうあれ,それらは大なり小なり彼らの血の中に引き継がれています.
つまり "すぐそこにある" んです.
あとは,彼らの中にある良いものを見出し,育み,そしてそれを感受するために,私たちの側に少しばかりの心配りと忍耐さえあれば・・・,ということだと思います.

ただしバランスというのは,特にそれが絶妙であればあるほど “壊れやすい” ものです.
育て方によってはその犬のバランスが崩れることもあるでしょうし,また長年にわたって培われてきた彼らの特質が,これから先も引き継がれていくという保障もありません.
特に彼らの生活の場が広がってしまった現代では,ここに書いたような性質をどうやって保持していくかは,意外に厄介な問題かもしれません.

ボーダーコリーと関わりを持つ少しでも多くの人が,彼らが本来持っているはずの長所を理解することで,,,そういう目で犬たちに接することで,,,そしてその思いがブリーディングやトレーニングなど様々な場に浸透していくことで,,,少しずつ良い方向に向かっていかないかなぁと思ったりします.

しつこいようですが,ハーディングは人から犬への一方通行の指示ではなく,彼らの天賦の力を借りながらパートナーとして共同で進める作業です.そしてそのために農夫たちによってブリードされてきた犬がボーダーコリーです.どんな形であれこの犬たちとの暮らしを楽しむ以上,この事実は尊重したいと思っています.

ある著名なハンドラーの言葉:
「従順な犬が仕打ちを恐れずに疑問を表現できること,それはトレーナーとしての誇りである」
いつかそういう関係になれるようにと願いながら,個性豊かなボーダーコリーたちと暮らしています.

彼らとの出会いも含めて,幸運な偶然に感謝しつつ...

Sunday, September 25, 2005

ぐれぐ先生

フと思ったんですが,こいつオレを教育してるつもりなんじゃないだろうか・・・


(ぐれぐ独白)

じゃ "かみ方" おしえたげるから.
いい? 見てる?
このホネはね,口に押しこんで,こうやってガシガシするんだ.
ほら,あがあがあがあがあが
はが〜,はが〜
あ,よそ見しちゃダメだよぅ.

じゃあ次はこっちの木でいくから,ちゃんと見ててね.
ほら,まえばでチ〜ってやって,かわをはぐんだ.
そうやっといてぇ,一気にガシガシガシガシガシ.
コノヤロッ,コノヤロッ!
がるるるる・・・・

あ,まだおわってないのに,そっち行っちゃだめだよ.
なんだ,ソファにすわるのか.
よ〜し,んじゃ今度はソファカバーでいくよ.

こうやってぇ,こうやってぇ,コブ作るでしょ.
これをほおばって,おもいっきりすうんだよ.
んぐんぐんぐんぐ・・・

あ〜,行っちゃだめだって.
いいからずっと見ててよ,これあげるからさぁ.


(参考: 大阪のぐれぐ)

ほな "かみ方" おしえたるさかい.
ええか? 見ててや.
このホネはな,口に押しこんでな,こうやってガシガシするんや.
ほらな,あがあがあがあがあが
はが〜,はが〜
こら,よそ見したらあかんで〜.

ほな次こっちの木いくさかい,ちゃ〜んと見ときや.
ほらな,まえばでチィ〜てやって,かわむいたるんや.
ほんでぇ,一気にガシガシガシガシガシや.
おんどりゃ,おんどりゃあ!
がるるるる・・・・やんけぇ

こら,まだおわってへんのに,よそ行ったらあかんがな.
なんや,ソファかいな.
よっしゃ,ほんならソファカバーいてこましたろ.

こやってな,こやってな,コブ作るやろ.
これほおばってな,めっちゃすうんや!
んぐんぐんぐんぐ・・・やんけぇ

こら〜,行ったらあかんゆーとんのに.
ええからずっと見ときぃな,これやるさかい.

Tuesday, August 16, 2005

煮干し作戦

私の子供の頃,下町には必ずといっていいほど野良犬がいました.
まだ沢山残っていた原っぱや空き家やお宮さんの広い敷地などをねぐらにしていました.
野良犬と子供たちの生活圏は不幸なくらい一致していたのですが,不思議と事故はありませんでした.お互いに見て見ぬ振りしながら,何となくうまくやってたのでしょう.
でも大体,犬は子供が嫌いだったんじゃないかな?
普段から騒がしいし,中には石持って追いかけるヤツまでいたしね.

今から思えばのんびりした風景ですが,それでもすでに野良犬の生活は厳しかったようです.どいつもこいつも痩せっぽちでしたし,彼らが産んだ二世には出会った記憶がありません.(牛乳ビンと一緒にダンボールに入った子犬はよく見かけましたが)

そういえば 「野犬狩り」 なんてのもありましたね.犬を引っかける道具を持った作業員が,トラックで地域を見回っていました.
私,あーいうのは子供にも見せた方が良いと思うんですよ.
痩せ犬がひっつかまってトラックに詰っ込まれるシーンなんか目撃すると,そりゃあもうえらいショックです.
でも激しく感情を揺さぶられたら,自分で何かを考えずにはおられません.

私は野良犬が好きでしたので,いつもポケットに煮干を忍ばせて,彼らを見かけるたびに辛抱強く手なずけていました.
思えばそれは,本来彼らが備えるべき人間に対する警戒心を奪ったり,あるいは,飢えた相手に対して失礼な態度だったかもしれません.
もちろん当時はそんなことまで考えるはずも無く,とにかく彼らに接したい一心でした.
自分でもちょっぴり偉かったなと思えるのは,相手がどんなに汚くても厭わずちゃんと触れていたことです.

私は犬との接し方を彼らから学んだ気がします.警戒心の強そうな子の時は,ちょっと斜め向きにしゃがんで,相手が近づいてくるのを待って手の甲で肩に触れるというのが自分流の挨拶でした.それでしばらく一緒にいてくれる子もいれば,プイッといなくなるのもいました.
これが "正しい" やり方かどうかは知りませんが,少なくともケガをしたことはありません.だいたい,人間が嫌いな子は最初から近づいてきやしませんでしたしね.

あ,そういえば一度だけ,すっかり気を許してくれたように見えた犬が,いきなり私の胸に歯を突き立て,そのまま走り去っていったことがありました.
彼の見せた一瞬の敵意は,犬の扱いに慣れた気になっていた自分にとって本当に意外で,服に開いた穴を見つめたままボーゼンとしてました.
今もって,彼がなぜそんなことをしたのかわかりません.
でもその鋭い胸の痛みと, 「これでまたやり直しやん〜」 と頭の中でつぶやいて泣きそうになったことは,今でもよく覚えています.
これも,私の大切で貴重な経験です.

白状すると私は,街ン中に野良犬くらいいたっていーじゃんって,今でも思っています.
誰のものでもなく,囲われても繋がれてもいない犬と対等に交流できる機会を,今の子供たちにも残してやれないものかと.
不安なもの,怖いもの,いらないものを社会から締め出すのが世の習いですが,それらを最初からまったく知らないというのも,危なっかしいような気がします.

・・・あぁ,だめだっ,またスラスラヌケヌケとうそ書いてる ^^;
ほんとは子供らのことなんかこれっぽっちも考えてないくせに〜.
はい,すんません,ただ 「いたっていーじゃん」 って思ってるだけです.
さすがに今となっては,野良犬と一緒に遊びたいとは思いませんが,街角で出会った彼らと何食わぬ顔ですれ違いたいもんだと思っています.そんなけです.

余談ですが,街でうろつく野良犬は,生きるのにカツカツで人を襲う元気も体力もなかったし,そんなリスクを犯すほどバカでもありませんでした.
今も昔も,人を襲うのは繋がれっぱなしで体力を持て余した半分神経症の飼い犬ですし,襲われるのは動物とのつきあいの配慮を欠いた人間です.

Thursday, August 04, 2005

草刈りしながら思ったこと

 この頃,毎週と言っていいくらい草刈りしてます.
 梅雨や台風の雨で元気一杯の雑草たち.
 もはや手で引くなどという生易しい状況ではなく,草だか木だかわからないようなやつを,刈り払い機でバリバリぶった伐っていきます.刈ってもすぐにまた茂ってくるので,この時期,作業に終りはありません.

 朝夕の涼しい時間帯でも,30分で汗だくです. (←このぉ軟弱者っ!)
 ただ,しんどいだけでもなくて,作業中は頭をからっぽにできるし,一休みして征服した場所を眺めるのは良い気分です.もしかしたら新しいスポーツにできるかも.
 (誰かかっちょいいウェアでもデザインしてくれないかな?)

 無節操に生えてるかのような雑草たちですが,一度刈った場所では前と違った種類の草が繁っていたりして,ちゃんと棲み分けしています.
 きっと,発芽のタイミングや日光のちょっとした加減などで,デリケートな力学が働くのでしょう.虫や小動物たちも大いに影響を受けてるはずです.

 そうやって生き残りゲームに懸命な草や虫たちを,ガーガーとうるさい道具でなぎ倒していくってんだから,やっぱり人間ってぇのは乱暴なもんじゃねーですか.
 その一方で,姿を変え形を変えて再生してくる雑草を相手にしてると,人間のやることなんて多寡が知れてるという気がしてきますし,それがビミョーに嬉しかったりもします.

 よく, 「人間は自然に対して大きな力を持つようになった」 と言いますが,私には全然そんな風には思えません.だって天災の類にはほとんど無力なままだし,第一,自分の身体ですら,誕生とか寿命とか健康とか免疫とか本能とか,大事なところはまったく意のままにできないのですから.

 例えば 「自然破壊」 という言い方がありますが,これからして人間の思い上がりとゆーか,随分と手前味噌に聞こえます.人間に自然が壊せるもんか,ただ単に自分たちが住みにくくなるだけじゃねーか・・・って.
 そして,それすらもコントロールできないでいるのだから,私たちはもっともっと進化して賢くなる必要があるのでしょう.何世代かかるかわかりませんが.


 ところで話は飛びますが,最近,「もったいない」 が日本独特の表現だとかで注目を集めていますが,私は 「里山」 というのもなかなかのもんではないかと思っています.
 ひょっとしたら世界に誇れる文化ではないかと.
 ちゃんとした定義は知りませんが,シバや山菜を採ったり,キノコを作ったり,炭を焼いたり,子供が沢で遊んだり,,,ちょっとだけ人の手が入った山裾あたりの雑木林です.

 山で暮らす動物たちとの緩衝地帯であり,交流地帯でもある所.
 広葉樹たちが茂っていながら,地面にまで日光が届く所.
 妖怪やお化けたちがどこかに隠れていそうな所.
 犬たちが目と鼻を輝かせて探索する所.

 個人的にはですよ,例えばわざわざ熱帯まで出かけて行ってマングローブを植樹したりするのはどーもピンと来ないんですが,土地と折合いをつけていく里山方式だって立派な環境運動だと思うんです.自分たちが暮らすために,,,というところがまっとうな感じがします.

 いつの頃からか自然は,どこかに大事に "保存" しておいて,たまに出向いて "触れ合"ったり "満喫" したりするものになってしまったのですが,私たちはもう一度,自分たちこそ自然そのものであり,それ以上でも以下でもないことを肝に銘じるべきではないでしょうか.

 どこにでもあった里山も,最近は開発されるか,人手が不足して荒れていくところが多いようです.今の進化段階にある人間がそこそこ上手く暮らしていくためには,そこそこイケてる知恵ではないかと思うのですが・・・.

 そうそう,フェンスで囲ったドッグランも良いのですが,里山を育んで人や犬に開放するってぇのはどーざんしょ?

Monday, May 16, 2005

なめなめ

夜,ソファで寛ぎながら,今日犬と遊んでやったっけな?・・・そういえば忙しくて昼にトイレに出してやったきりのような・・・それでも文句も言わずおとなしくしてんだから偉いよなぁ・・・,なんてとりとめもなく考えてたら,不覚にも青二才と目を合わせてしまった.

てっきり向かいのソファで眠りこけてると思ったのに,こっちの考えてることがわかったんだろうか?
この男に期待を抱かすとロクなことはない.
あわてて視線を逸らせて 「お前のことなんか気にしてない」 という体を装う.

逸らせた視線の先はただの壁.
しょうがないので,しばらく壁の汚れでも見つめてみる.
さすがに自分でもバカバカしくなってきたとき,壁の向こうで不審な音がした.

どこからかネズミでも忍び込んだのだろう,このところ毎日のように天井裏や壁の内側で何かが走り回る音がする.
不思議なことに,小動物と見れば目の色を変えるうちの犬たちが,揃いも揃ってこの音には無関心である.単なる雑音として無視してるのか,それとも少しは気にして聞き耳くらいは立ててるのだろうかと,つい青二才に目をやってしまう.
げっ,しまった,まだこっち見てやがった!

「違うっ! 頼むから勘違いすんな」 と強く念じて再び目を逸らしたが遅かった.
首筋がしゃんと伸び,目が真ん丸になり,尻尾がソファを叩きだす.

「すちゃっ」と爪の音をたててソファから降りた.
愛情を疑わず自信満々の犬が伸びを一つ入れて胴をくねらせながらこっちに来る.
そのままひざに前手をかけ,あごの下に頭をねじ込んでくる.
甘えてるだけなのだが,力が強い上に骨がごついからとても痛い.
あーもうわかったから止めてくれ〜・・・

唐突にやつの動きが止まる・・・,いか〜んっっっ!!
もう見なくてもわかる.
鼻を膨らませ,目を潤ませてこっちを覗き込んでいるに違いない.
勝手に気分を出して情感を昂ぶらせているのだ.

案の定,今度はこちらの肩に両前足をかけ,少し首を傾げて顔を舐めはじめた.
ごつい身体に剛毛の青二才であるが,舌だけは変に滑らかである.
しかも舐め方はソフトで丁寧ときている.
美形ならともかく,強面の犬にこれをやられると妙に気持ち悪い.

薄目を開けるとやつのうっとりした顔が目に入る.
そんなもん見たくもないと,あわてて下に目を逸らすと,今度はちょっと充血してテラテラしたやつの男根が目に入ってしまう.

「ほんとは嬉しいくせに」 なんて思ってる人にはバチがあたるでしょう.
確かに青二才は良いやつで好きなんですが,これは本当に迷惑です.
ああ,神様,一体これは何の罰なんでしょうか?

Monday, March 07, 2005

大歓迎

いつのまにやら単身赴任の身になっていて,4頭の犬たちに会うのは1週間おきです.
仕事を終えてから2時間ほどドライブするので,家にたどり着くのはどうしても夜になります.
(8時過ぎには静まり返ってしまう田舎ってやっぱりすごい!)

普段からこの時刻には,犬たちも居間に入って思い思いに寛いでいます.
せっかくの静けさを破りたくないので,できるだけそ〜っとドアを開けるのですが,すでに気配を察して "来たんかぁ!?" 状態になっていた犬たちが,一斉に飛びついてきます.
正直,お行儀は最悪ですが,この揉みくちゃの出迎えも捨てがたい.
ドライブの疲れがすっと消えますもん.

どの子も全身で歓迎してくれるのですが,個性豊か(勝手気ままとも言う)な犬たちゆえ,その作法はさまざまです.
正面に陣取って最高の "良いお顔" を作りながら鼻を鳴らす犬.
その周りを駆けながら隙を見て正拳突きを入れてくる犬.
さらにその周りをギャロップしながら 「ごぅわろぉぉぉ」 と変な声を上げる犬.
そして情けなや早や一週間で顔を忘れたのか,周りに合わせて尻尾は振るものの,前手を踏ん張って警戒している犬.
(・・・さて,誰が誰でしょう?)

攻め方はいろいろですが表情は似ています.
ペタリと後ろに倒した耳,尻に巻き込みながら腰ごと振る尻尾,頭を下げながらチラチラとこちらを伺う目つきなどなど.
へいへい,犬でござい〜と恐縮しつつ,それでもやっぱり嬉しいから身悶えしちゃうといった風情です.
自分でも変だと認めますが,この屈折感が犬らしくていいなぁと思っています.

それにしても,犬ってバカですな.
損な性分と言いましょうか.
開けっぴろげに気持ちを表現したりするから,そこを見透かされて痛い目にも遭ってきたろうに.
猫みたく澄ましてた方が,もっとちやほやしてもらえたかもしれないのに.
そんなに人間が好きなのかねぇ?

と言いつつ,まんまと篭絡されてしまうバカな人間もいるのだから (少なくともここに一人),損は無いのかも.

Tuesday, November 16, 2004

じぇちぶーの魔法 ・・・のとりこになった男

今のうちにじぇすについて書いておこうと思う.
現在10ヶ月齢.
身体は随分と大きくなったが,頭の中はまだ子供である.

今のところ彼女には特に役目が無い.
んが,いつも忙しそうにしている.
りん姉との駆けっこ,さんとのレスリング,猫とニワトリの監視,格闘技のような食事,屋内外問わず自由自在のトイレ,自然体の脱走,などの日課をせっせとこなしている.そのわずかな合間に,発作的に人間に甘えに来るか,さもなくば力尽きて行き倒れている.寝るときと誰かを監視するとき以外は,他に面白いことが無いかと小さな三白眼がいつもクルクル動いている.

身体は硬いけれども身のこなしは綺麗だ.りんと爆走しながら身体を前転させ寝技に持ち込むときの動きなんか,危ないのを忘れて見惚れてしまう.70センチの囲いを飛び越えるときは,普通に歩く感じで四肢がふわっと持ち上がる (そしてそのまま逃走する...).

問題は顔である.お世辞にも美形とは言えない.基本的に立ち耳のキツネ顔なのだが,配置が不器用なのだろうか,どうもこすっからい悪党面なのである.さすがに寝顔はかわいい,,,と言いたいが何だかじじむさい.まぁブサイクの部類だろうな...

感情表現も不器用である.
子犬なんてどいつもこいつも "遊んで〜" 攻撃を仕掛けてくるもんだと思っていたが,彼女は遠慮して距離を置きたがる.甘噛みなど想像もつかない.
人間に関心が無いかというとそうではなくて,いつもチラチラとこちらを窺っている.
撫でられるときは腹を見せながら "雪崩れこんで" くるが,ウットリとはできない. どうも身体に力が入っているのである.

で,何が言いたいかというと,,,こんなこと書き残すと後で恥ずかしくなって悶え苦しむのが目に見えているのだが,,,そんなじぇすがどーにもこーにも可愛いくて仕方ないのである.
良く回転する頭に不器用な顔.
甘えたいけどもうまく表現できず,でもときどきたまらなくなってダーッと来るみたいな性格.
ケモノらしい激しさや嫌らしさやずるさが見え隠れする表情.
  ・・・
ナマイキ言うと,とても犬らしい犬と言おうか,彼女とつきあうと何だかたっぷり犬を堪能したという気にさせてくれるのである.

彼女を叱ることはとても難しい.
変わり身が早くてタイミングを失うのと,なによりカーイくて叱れないのである.
ま,こーしてうちの犬はみんな堕落していくのですけど.

Monday, September 20, 2004

みんな遊べ!

今年の夏,急に身の回りの動物が増えてしまいました.
これまで犬猫小鳥としか暮らしたことが無かった私たちにとっては,大した変化です.

実は羊たちを迎えてまだ一週間という頃,子羊を1頭死なせてしまいました.
前夜まで他の羊と一緒に草を食んでいたのに,朝にはもう息がありませんでした.
背の高い叢の中に小さな身体がコロンと転がっていたそうです.

嘆くひまも無いほどあっけない出来事でした.
解剖しても原因はわからず,たぶん熱中症か肺炎だろうと言われました.
痛みに強く我慢強いと言われる羊ですが,環境の変化と猛暑が重なって最後の体力まで使い切ってしまったのでしょう.

その後もキツイ日照りが続き,残った羊やヤギたちも代わる代わる下痢をして体調を崩しました.
"生きる" ということの重さと軽さをあらためて感じさせられたような.
エントロピー増大の法則に抗って自己複製を繰り返す有機組織体を何処のどなたが作られたかは知りませんが,一人一人は結構大変なんだかんなーと,ついグチの一つもこぼしたくなってしまいます.

もちろん動物たちにはそんな感傷なんか無用でしょう.
相変わらず厳しい日差しの下,草を食み水を飲み,今日も黙々と生きています.


彼らを見ていて一つ気づいたことがあります.
それは, (あたりまえかもしれないけれど) どいつもこいつも "遊ぶ" ということです.
狩猟動物である犬猫だけでなく,羊もニワトリもヤギどんもウサウサも.

ま,遊びと言っても慎ましいものですけどね.
唐突に駆け出したり,無意味にジャンプしたり,仲間にごっつんこしてみたり... でも,あれらは絶対 "遊び" だと思うんです.
何かの機会にフと訪れる生きることの喜びみたいなもんが,彼らの身体をつき動かすんじゃないでしょうか.
淡々と過ぎてくように見える彼らの暮らしの中で,そこだけがキラリと光っているかのような印象を受けます.

あの子羊にも,そんな瞬間(とき)があったのだろうか?

Wednesday, July 21, 2004

あらためてりん

Hiroさんに言わせると,自分はりんをえこひーきしているそうだ.

そんなつもりは無かったけれど,そう言われてみれば, TV観るときにソファで横にはべらしたり,隠れて氷をやったり, 夜にりんだけ出して一緒に寝たり...たしかに他の2頭に対してちょっと不公平だったかもしれない.(笑)

りんは最高の犬か? と聞かれればう〜んと口ごもってしまう.
さんやじぇすに較べると頭悪そうだし,素直じゃないし,ガタイも華奢で身体能力も劣る. 性格だってキツイ.
それでもやっぱり,りんなんだなぁ.

「1頭目の犬は格別」 という人もいるが,自分の場合はよくわからない.
ただ,彼女と一緒に色んなことを経験し,同じ場所に立って同じ景色を見て, 怒ったり喜んだり落胆したり,とにかくこの6年余りをつかず離れずで生きてきたことは確かだ.
新しい生活が始まろうとしている今も, その原因を遡ればりんの存在は決して小さくない.

そんなこんなが彼女との関係を格別なものにしているのかもしれない.
ま,単なる腐れ縁かもしれないけど.

Monday, May 31, 2004

困る犬(2)

ついでだから, "人間が" 困る犬としてもさんに登場してもらおう.
(すまんねーいつもネタにして.だっておもろいんだもん)

彼は素直でいいヤツだと思うんですが,自分の衝動にも素直と言おうか,ときどき場違いに力んでしまうところがあります.それを飽きもせず毎度毎度やられると, その場で絞め殺したくなる どーしたもんかとため息が出てしまいます.

例えば,トイレなどで外に出すと彼はずっと動き回ってます.
持って来い遊びなどしなくなって久しいのに,木切れやらダンボールやらを運んできてはガシガシやって見せ,半歩下がってクラウチングポーズをとってます.さすがにこちらが誘いに乗らないと諦めますが,その後,ギャロップで庭を半周し,忙しなく草を食み,りん姉にちょっかい出して睨まれたりする頃にはもう頭がリセットされてます (この間,約30秒).また別の木切れを運んできて目の前で力んで見せる.
ったくウザいのです.

田舎に引っ越してから心身の活動量がアップしたのでしょうか,彼は少し痩せたようです.そりゃマンション暮らしと較べれば多少は刺激が多いのかもしれませんが,人間から見ると 「無意味に張り切ってる」 ようにしか見えません.おかげでまたフードを増やさざるを得なくなりました.
フードと言えばこの男の食餌前の騒がしさには閉口です.準備する間,動き回って目障りなのでクレートに入れるんですが,その中から轟々と吠えてます.この声がまた身体に比例してでかい.しまいには "ワーン" と頭の中に反響しだし,もうこうなると事態を改善しようなどという気も失せ,ただ時が過ぎるのを待つだけになります.

りん姉も吠えますが,この2頭の吠え方は明らかに違います.
りん姉はいかにも口先で何かを訴えてるという感じですが,さんの場合,身体の奥から湧き起こる衝動というか,何かに憑かれたかのように力いっぱい吠えます.黙るように言っても,止めるのは一瞬だけ.もしかしたら,ヤツには吠えてるという意識さえ無いのかもしれません.

ところで,先日,とあるシープドッグ関連の雑誌に犬の目の色に関する記事がありました.その中で明るい琥珀色(amber)の目の犬は "活動的で,目の力が強く,頭の回転が速く,そして作業欲が強烈である" と書いてありました.また,他者が自分の空間に侵入することを嫌う,少数の人にだけ深い愛情を寄せるなど,繊細な神経を併せ持っているとも.この手の記事を鵜呑みにするのもどーかと思いますが,それでも読んでいくうちに笑ってしまいました.

−なんだ,これってさんのことじゃん!−

さんの目はわりと明るめの琥珀色です.
あのしつこさや騒がしさが作業欲から来てるとすれば,さんはまさしく amber eyed dog なのでしょう.家畜で試したことはありませんが目の力も強そうです.頭の回転が速い−−と思ってるのは飼い主だけかもしれませんが...

前にも書いたように,さんはまったくといっていいほど攻撃性を見せない犬です.じゃあフレンドリかというとそうでもなくて,どちらかと言えば他人や他犬にはそっけない感じです.そう言えば,たくみに距離を取って接触を避けているようにも見えます.強くしなやかな身体,強い作業欲,しつこさなどと併せて,この種の繊細さとのバランスがさんという犬のおもしろみなんでしょう.
そう思わないとやっていけません...

Friday, April 16, 2004

困る犬(1)

タイトルは "人間が" 困る犬じゃなくて "犬が" 困るということ.

犬って暮らしのルールと自分の欲求との板ばさみになったり, うまく状況に対処できないときに,困っているように見えるが, そんな屈託に満ちた様子が結構好きだったりする.
うちの動物たちの中で一番よく "困る" のは,なんと言ってもさんである.

例えば,部屋の中に人間,犬,猫がごちゃっとたむろしているとする. ソファは小さいから,人間が座ってその余りのスペースをりん姉が占めてしまうと, もうほとんど空きがなくなる. そんなとき,さんはその狭い場所に身体を押し込んで小さくなっている.
りん姉がチラッとにらんでプレッシャーをかけたりすると, 顔を不自然に横向けてなんとかやり過ごしている.
そんな窮屈な思いをするくらいなら,部屋の隅にでも行って楽にしてれば? と思うんだけど,それでも人間に密着している方が良いらしい.

そういえば,猫のたろうは相変わらずりんには近寄りもしないが, さんにはまったく遠慮しなくなった. 遠慮どころか,わざとらしく悠然と目の前を横切ったりする. そんなとき,威嚇してはいけないことがわかっているさんは (それで叱った記憶もないから,自分でルールを作ったんだろう), 耳をピキッと反らせてかしこまっている.

ある日,例によってさんがソファで座っていたとき, 何を考えたのか,たろうがその足元に登ってきたことがある. このときばかりはさすがに追い払うかと思ったが, 彼はその場所をたろうに譲り, 自分は柔らかい背もたれの上に飛び乗って, そこでグラグラ揺れながら懸命にバランスをとっていた.
身体全体で "困った〜" って言いながら.

最近,メンバーに子犬が加わった.
こいつがまた好奇心のまま部屋中を動き回るので, さんはますます居場所を失いつつある.
多分どうしていいのかわからなくなってしまうのだろう, 部屋の中で呆然と突っ立っていることもある. ああ不憫なやつと思うのだが,ジャマはジャマなので邪険に追い払ってしまう.
りん姉なんか,子犬や猫ごときって感じで, 自分に近寄ってさえ来なければ, 完全無視を決め込んでドテ〜と寝転がってるのに.

ほんと,さんは不思議なヤツです.
身体がでっかくて牙も立派なのに,子供も子犬も猫もちっとも彼を恐れない.
外でケンカを吹っかけられても,困りきって相手を見つめているだけ.
どこか一本抜けているのか,あるいは強烈な抑制が働くのか.
三歳にしてようやく "青二才" に出世した彼だが,この愛らしい性格は変わらないでいて欲しい.

Saturday, April 03, 2004

遠い道のり

ご主人が 「お前の名前が決まったよ」 と告げたときから,あたしは Jess と呼ばれるようになった.
ほわいとろおず・じぇす...これがあたしの名前.

その頃あたしが何してたかというと,お気に入りの農場でかけっこしたり,ねずみを追っかけたり,羊のにおいを嗅いだり,仲間とレスリングしたり,ご主人と遊んだり,,,まぁ何ていうのかな,とにかく悪くない毎日だったと思う.
先のことはよくわからないけど,あたしも大きくなればここで働くんだろうなとぼんやり思ってた.

ある日,ご主人があたしを木製の箱に入れて車に載せた.
初めてのドライブが珍しくてキョロキョロしてたんだけど,気がついたらヒコーキという乗り物の中にいた.

ヒコーキには仲間もいないし,お気に入りの庭やねずみや寝わらもなかったし,その上音がうるさくてとても居心地が悪かった.
長い長い時間が経って,もしかしたらこのままず〜っとここで暮らすのかな? なんて心細くなってきた頃,ようやくクーコウというところに到着した.

クーコウに降ろされてすぐ,箱の金網ごしに知らない人たちと対面した.
その人たちはときどき箱の前に現れてあたしを覗き込んだり,箱ごと別の建物に運んだりした.
そこでは色んな人が行ったり来たりしてたけど,みんなとても忙しそうで,やっぱりあたしは一人ぼっちだった.
ここもとても疲れるところだった.

2時間くらい経ってから,またさっきの人たちがやってきて, 「さ,帰ろうか」 と言って箱ごとあたしを車に載せた.
それからもう一度長い時間ドライブしてある建物についた.その建物はとても大きかったけど,中に入ると狭くてごちゃごちゃしていた.
部屋の中には大きな犬が2頭と真っ白な猫がいて,あたしを不思議そうに見てた.

これからここで暮らすのかな?
それともすぐに農場に帰って元のように暮らせるのかな?
考えたってわからないし,クタクタに疲れたから寝ることにしよっと...


...と,いうわけで,また新しい仲間を迎えることになりました.
着いた当初はさすがにビクビクしてたけど,どこかしたたかさも感じさせてくれる頼もしい女の子です.
これからどんな子に育っていくのか,そして私たちに何を見せてくれるのか,とても楽しみにしています.

とにかく...よく来たね,Jess!

Saturday, January 24, 2004

犬と薪ストーブ

 結構ありがちだと思うけど,子供のころ, 「大きな暖炉の前でふわふわの白い犬を枕にしてうたた寝をする」 という夢を持っていた.

 子供の感覚とはおもしろいもので,ほかの夢,例えば 「プロ野球選手になってピッチャーかファーストか,悪くてもライトを守る」 は,まぁ毎週の野球クラブの練習さえまじめに出てれば実現できると信じて疑わなかったくせに,こと 「暖炉の前で犬枕」 となると,まるで現実味の無いおとぎ噺のような感じだった.当時の純和風の生活環境とのギャップが大きかったせいかもしれない.

 それが40をだいぶ過ぎた今,小さな山小屋を設けて,いつのまにかその夢に近い状態でいることに気がついた.

 大きな暖炉 → ちっちゃな薪ストーブ
 ふわふわの白い犬 → ごつごつの黒い犬
 犬を枕にして → 犬の枕になって

 と,少しずつ違うのだけれど...

 で,まぁ些細な違いには目をつぶるとして,とにかくそんな風にしてすごす時間と空間が,今の自分にはとっても大切なものになっている.
 その演出装置として,今まで犬のことは一杯書いてきたけれど,忘れちゃいけないのが火である.

 「火は5感の芸術である」 と,ある高名な歌人(まろさん)が言ったが,まさにそのとおりだと思う.
   目: やっぱり火は綺麗.色と形,その変化が絶妙.燃えはじめの元気な炎も良いし,ジワジワとくる熾火もまた良し.
   耳: 見た目に比べると地味だけど音も大事なんだなぁ.微かな音があるから,余計に静かさを感じる.火の状態によって色んな音が出るけど,虫の音みたいな 「ジジッ」 という音が好き.
   鼻: 実は木や葉っぱの燃える匂いが好きで,わざわざ煙の中に顔を突っ込んで深呼吸したりする.薪ストーブ好きの中には,わざと部屋の中に煙を逆流させて,香りを楽しむ人もいるらしい.
   肌: もちろん火は暖かいのだけれど,特に熾火になって安定した火室から受ける暖かさが格別.なんというか,暖かさをボワッとした圧力で感じる.
   舌: 焚き火で焼いたモノは何でもうまい...ってこれはコジツケか!

 いや,ほんと,たまりませんなぁ.
 でかくて,暖まるのが遅くて,薪の調達とメンテが大変で,,,便利さで言えば2重×なんだけれど.

 ところで,猫はもちろん犬もストーブが大好きだ.毛があっちっちになっても平気で真ん前に陣取っている.もしかしたら,こいつらは火が平気だったから人間と暮らせたのかな...なんてしょーもないことを思いながら,熱く火照った犬をなでている.

Tuesday, August 12, 2003

期待する犬

「期待する犬は暑苦しい」 と諺にも言いますが (ウソ)...
およそ計画というものを立てず,行き当たりばったりに行動するりん家でも,平日の生活パタンはわりと一定してます.だから家にいるとき,2頭の犬たちは次に私たちが何をするかをかなり正確に読んでいます.

で,週末に向けて遊びに出かけることが多いせいか,金曜の夜には何となく犬たちのテンションが上がっています (なんで曜日がわかるのか ???).
いつもの場所で寛いでるようでも,我々を追う視線にはいつもと違う気合がこもっています. こうなると,私たちも軽率な行動を慎まざるを得ません.

まず, 「よしっ」 という掛け声や,立ち上がるときの 「よいしょ」 がタブーになります.
やつらには,それが 「さあ,行こう!」 と聞こえてしまうようです.
うっかり口にしてしまうと,しばらく,鼻息を荒くした2頭のギャロップを見学させられるはめになります. まったくもって不本意なことです...

できれば無視したいのですが,こういうとき白黒という色は目障りでいけません.
うちの場合,これに白い猫が加わることがあって,そうなるともう最悪. 何が悲しゅうて,狭っ苦しい部屋の中でダレたハーディングを見物しないといけないのか...

これに対抗するには,ことさら 「どこにも行かない」 という気だるい雰囲気を演出して じっとしてるのが一番なようです.
そのうち,犬たちもあきらめてその辺にはべります.

このとき,なぜかやつらはこちらに背を向けます.
この背中がいかにも "残念ですなぁ" と物語っているようで,それはそれで小癪なのです. まぁそうやって我慢してくれてるんでしょうが,

それに,これでゆっくり寛げるかというとそうでもありません.
顔はあらぬ方を見ているようで,耳だけはビシッとこちらに向いてるからです.
ちょってでも声を出したり身じろぎしたりすると,次の瞬間には2匹の射るような視線が...

あー,やっぱ暑苦しい!

Monday, May 19, 2003

かわいいおばはん

誰が何と言おうと,近頃,りん姉はかわいい...

思えばりん姉,さんが来てからというもの,ちょいと調子が狂っていたようだ.
年がら年中ワサワサしてる上に,決して逆らいはしないけれど自分のペースを変えないさんに,どこかイライラしていたのかもしれない.
もともと要求は多い方だったと思うが,
それに加えて,喰えないと言おうか素直じゃないと言おうか,
とりたてて叱るほどではないけれど,こっちが鼻白んで "ヤだな" と思うポイントを,
痒いところに手が届くように押えてくるような犬になっていた.

(そー言われても何のことかわかりませんね.(笑) 
 まぁ例えば,言葉がわかってるのに聞こえないフリするとか,
 こちらが急いでるときにわざとグズったりとか,,,
 あ,そうそう,この間なんか,
 朝のトイレに連れ出すのを忘れた飼い主に向かって,
 真正面から目を合わせながらカーペットにオシッコするという,
 信じられないイヤガラセまでしたんだゾ,あーた!)

大抵は反則スレスレの巧妙な行為で,
こちらの怒りの持っていき場も無く,
牝犬も5歳も過ぎればオバハン化するということかと,
半分あきらめ,半分納得もしていたのだが,
最近,その彼女の態度が微妙に変わってきているのである.

どこか吹っ切れたと言おうか,人生を前向きに考えるようになったと言おうか,
それとも,何かをあきらめたと言うべきか,
さんの行動に目くじらを立てることが無くなり,
他の犬に対して唸るようなこともグンと減った.
食器を鳴らして満たされない気分を表明するのは相変わらずだが,その頻度もずっと減ってきている.

そして一番顕著なのが遊ぶとき.
これがもうやたら楽しそうなのである.
レトリーブ遊びのときなんか, 「おほほほほ〜,あたし,どうしちゃったのかしら〜♪」 という感じで,自分からピョンコピョンコ飛び跳ねている.
まるで子犬である.
これまでは,自分から遊ぶのを止めたり,
盛り上がってきたなと思いきや,急にしらけムードになって,
「止めましょうや,こんなこと...」 と言ってみたりしてたのにね.

遊びが終わって帰ってくれば,やっぱり無邪気にコテンと寝る.
このとき,背中やお尻など身体の一部をこちらにくっつけることが多くなった.
遊ぶときは遊ぶ.
寝るときは寝る.
甘えるときは甘える.
何となく,生活全般に気負いが無くなったような感じである.

きっと,さんとの関係を含めていろいろ考えた末に,
何か彼女なりに出した結論があるんだろうな−−−と思う.
でも,そんなことまでわざわざ気を回すのもバカらしいので,
ただただ,かわいいりんを堪能させてもらっている.

Friday, January 31, 2003

読書感想文2

ついでにもう一つ,ヘリオット先生から紹介させてください. 「ジョック」 というタイトルのお話です.

ジョックはある農家で暮らす痩せっぽちで貧相な牧羊犬.
現役の働き手であり,また優秀なシープドッグ競技犬でもあった.
そんな彼の愉しみは車追いであり,例えばヘリオット先生が農家から帰る時には,いつも決まって物陰に身をひそめ,発車と同時に猛ダッシュするのであった.

やがてジョックとメス犬の間に7頭の子犬が生まれる.親の血なのか教育なのか,この子犬たちが揃いも揃って車を追い始めるのである.先生の車には,大小入り乱れた犬たちが追いすがるようになる.

最初,余裕で先頭を切っていたジョックであったが,子犬たちが成長するにつれ,次第に自分のスピードが脅かされているのを感じる.ある日,足がもつれ子犬たちの疾走に巻き込まれ,あわや大怪我という事態まで起こる.それでも,プライドをかけ必死に先頭を守ろうとするジョック.
彼との駆け引きを楽しんできた先生は,そんな様を心を痛めながら見守る...

とまぁ,だいたいそんな風に話が進んでいくんですが,むしろストーリがどうのこうのというよりは,のどかな農家の情景を描いた,という感じの作品でした.

で,やっぱりこの話もいいなぁ〜と思ってしまうのです.
牧羊犬たちの暮らしていた世界を感じさせてくれます.

  車追いを 「やつの生きがいだな」 と笑ってすませていられる世界.
  嫌いな人間や犬や機械には無理して会わなくてもいい世界.
  家の周りに何気なく犬がうろついている世界.
  犬が仕事の余暇を楽しんでいる世界.
  そして,犬たちを見守るゆったりした温かい視線.

そりゃあ,人にとっても犬にとっても,食べていくためには今よりずっと厳しい環境だったたかもしれません.でも彼らはそんな世界で力を発揮するように作られ,人間の期待に応え続け,誇りを持ち,何世代にも渡って暮らしてきたんでしょう.

そんな彼らを,今の自分たちのものさしだけでアレコレ言うことが,何だかフェアじゃないような気までしてくるのでした.