Friday, June 02, 2006

魔法の杖

昔,山の中をりんとさんを連れて散策していたとき,それまではしゃぎまくっていたさんが突然,山道にうずくまってしまったことがある.
頭を下げ耳を倒し,尻尾を腹の方まで巻き込んで凹んでいる.

一瞬わけがわからなかったが,そういえばその直前,拾った木の枝を振り回して,ノックみたく小石を打っていたことを思い出した(まるで子供やね).
さんがそういう状況を極端に嫌がることを知ったのはそのときである.

彼が犬や人や物音に対して物怖じしない性格であることはすでに過去のエッセイに書いた.
ずーずーしい(あるいは自分の欲求に正直)と言えましょう.
しかし,人間が振り回す棒や道具には敏感である.
はっきり言って怖がっている.
ファームの放牧地で杭打ちをしていたとき,遠く何十メートルも離れた裏庭で,人知れず這いつくばっているさんが豆粒のように見えた・・・なんてこともあった.

彼は生まれてこの方,棒で攻撃されたことは無い(はずである).
だから,この感覚は生まれつきとしか思えない.
繰り返すが,彼は人や物音を特に警戒することはないし,もちろん落ちている棒を怖がることも無い.
ただ,人が棒を持って振り回すと怖いのだ.

そう言えば,ファームの家畜たちにも棒の力は大きい.

秩序とか遠慮とか謙譲などという言葉とはまったく無縁の世界に生きているアナーキーなニワトリたち.
夕方,放牧地に散開して虫を見つけてはキャーキャー騒いでいるヤツらを回収するのは一苦労だ.
後ろから追おうとしても,すぐに方向を変えてしまう(彼らは逃げようとしてるだけだから,当たり前だが).
ところが,娘が "魔法の杖" と名づけた竹の棒をゆるゆると使うと,非常にうまくコントロールできる.
リードで引っ張ると力ずくで抵抗し,後ろから追うと好き勝手な方向にジャンプして手を焼かせるヤギどんも,同じ魔法の杖でスムーズに誘導できる.

繰り返すが,彼らにしても棒で叩かれたり攻撃されたりした経験は無い.
それでも,人が差し出す棒を避けようとするので,それを利用して誘導することができる.

なぜかはわからないけれど,彼らは,私たちが感じるよりも大きなプレッシャーを棒から受けているようである.

棒に限らず,私たちは動物とのコミュニケーションに道具を多用する.
それらを適切に使えば有効なことは実証されている.
しかし,そのときに彼らが何をどう感じているかを知る術は無い.

そもそも,効果さえあれば "そんなこと" は知る必要も無いのかもしれない.
でも,たまに "そんなこと" に思いを馳せてみることくらいは,あってもいいような気がする.