Sunday, January 30, 2000

水が好き

 りんとの生活を振り返るとき,「水」との関わりを忘れることはできません.
 最初のきっかけは思い出せません.もしかしたら公園の水溜りかもしれませんし,大好きなマキノの渓流だったかもしれません.

 要するにどこかで覚えたんですね,水に浸かってヒヤ〜とする快感を. とにかく好きなんです. 生まれて始めてだだっ広い琵琶湖や海を見たときも,恐がる様子はありませんでした. 水に入る前に一瞬躊躇するとか,逆に思いきって飛び込むといった気負った感じはありません. 岸を歩いているそのままのペースでズブズブと入っていきます. 前世はカワウソかオットセイだったのかも.

 半年から10ヶ月くらいまでの最初の夏,こちらの油断を見透かしてはいろんなとこで水に入りました. 様子を悟られると引き戻されるのを知ってか,ぜんぜん興味が無いフリをしながら,いきなりズブッと いくのがきゃつの作戦です. 公園の噴水なんか良い方で,澱んだどぶ川や田植え中の田んぼ(お百姓さん,しっかり跡つけてごめんなさい),果てはドドメ色した強烈な匂いのどぶ池まで,水と見るや入ってみる癖がつきました. 「うわっ!よるな!」という声やしぐさが,やつには遊んでるように見えるのかもしれません.

 人に言わせると「お風呂に浸かってる」ように見えるそうです. たとえ水が浅くても,肩までしっかり浸かって,遠い目でじっとしてるからでしょうね. 何億何兆ものばい菌が,歓声を上げてアンダーコートの中を進軍していく様をイメージしてしまう私は,後始末の大変さもあって(ヌルヌルのついた身体を抱き上げて,マンションの4階まで運んで風呂に入れる),ほとんど逆上してしまうのでした.

 良い思い出と言えばマキノの渓流. これは夏でも冷たくて綺麗なので,見ている人間も心安らかに至福の時を過ごすことができます. そばの高原で走りまわり,暑くなると渓流でクールダウン...これで永久機関のできあがりです. 清流の中に深々と身を沈めながら,流れてくる水をカプカプするりん. 犬が喜んでるのを見るのがなんでこんなに楽しいのか...そんな疑問さえ浮かぶ瞬間です.

 それから忘れられないのが,長良川で過ごしたオフ会の日. 結構急流の川をボールやカヌーを追いかけて泳ぎまくった日の夕方でした. 精魂使い果たしたのか,道の真中で文字どおり「パタッ」と倒れてしまったのです. 私たちは心配するより先に,「ざまあみろ」と言って笑いこけたのでした.

 3歳を前にした今,さすがに「ストップ」や「ノー」で立ち止まるようになりました. いや,なったと思ってました... 今朝,綺麗に裏切られるまで. 運動の後,やつはふらふらと噴水に近づき(なんだか,正常な判断ができなくなった××中毒患者を見るようでした),コマンドが「聞こえないふり」をしながら,まんまと水に浸かったのでした.

 少し臭う水をボタボタ滴らせながら上目使いでざんげして見せる君.
 はっきり言ってやりました.

 「遅いんじゃ!ぼけ!!」

こんな関係もある

 今回は,ボーダーコリーとこんな風に付き合ってみたい,というお話.
 りんと暮らし始めて,いろんな場でいろんな犬と人の関係を目にしてきました. 競技会,ドッグスポーツ,犬飼いの集まり,etc, etc. そんな中で,これまで私が一番いいなぁ〜って思ったのは,ある犬ゾリ大会に来ていた カップルでした.

 どう良かったかって言うと,大会が終わった後の2, 30分しか見ていなかったんですが, その人が後片付けを手伝ったり知り合いと駄弁ったりしている間,その子 (ボーダーコリー)は飼い主からつかず離れずといった感じでぶらぶらしていました. そして,用事が終わったのか「帰ろうか」と声をかけられて車に戻っていきました.

 実は文章にするとたったそれだけなんです.それだけなんですけど,なんというか... 良かったんですよ,その雰囲気が. 他の犬や人が近づこうが,どこかで犬が咆えようが,その子は穏やかに その辺をぶらぶらするだけでした.でも,それとなく飼い主の様子だけは伺って いて(「顔色を伺う」みたいな卑屈な感じとは違います), ときどき短い会話を交わしたります.「服従している」とか,ましてや 「ビビってる」ような様子はぜんぜんありません.ちょっと違うかも しれないけど,長年連れ添った友人や夫婦のような感じ... あえて言葉にすれば,互いに相手を尊重した信頼関係,とでも言うんでしょうか? とにかくまあ,そういう自然体で肩の力の抜けた関係でした.
 そういえば,あるTVで見たイギリスの農場のボーダーコリーたちも,ちょう どそんな雰囲気でした.「ボーダーってハイパーって言うけど,本来 こうなんじゃないだろうか?」そんな思いが頭をよぎったものでした.

 振りかえってりんとの関係を見てみると,自分なりに自然体で 付き合おうとしてきたつもりなんですが,まだまだ,そこはかとなく 緊張感みたいなものがつきまとっています.遠くには行かない,とか, 呼べば帰ってくる,という気持ちはあるんですが,それでも人や犬が近づくと 心の中で身構えてますし,りんの方も不安そうなしぐさを見せたりします. こちらは静かに歩きたいのに,りんは遊びたくて一人で興奮している,なんて こともあります.心の底から信頼しているわけではない,ということなんでしょう.

 最近,ステキな本に出会いました.著者は子供の時から牧羊犬に 囲まれて暮らし,今も有名な牧羊犬訓練所の所長をされている女性です. 一部を読んだだけですが,その中で,「訓練やしつけの前に,まず犬と 会話できるようになること」が重要であり,そのためには, 「犬と対話するような良質の時間(quality time)を多く持ちなさい」という 意の文章がありました.それに「ボーダーコリーは元来プライドの高い犬種. 敬意を持って接してあげて欲しい」とも.
 だいぶ前にこのエッセイにも書きましたが,「犬の飼い方」や「しつけ」などの How-To情報の氾濫,特にその根底に流れる「リーダーの威厳を示すために 高圧的に接する」精神(すみません.勝手な思い込みです)に違和感を 抱いていた私は,「そう,そうだよな!」と心の中で拍手を送りました.

 ボーダーコリーの長所は運動ができて頭が良いこと−−−確かにその通りだと 思います. でも,何といっても一番すごいのは,彼らが飼い主と「語り合える」こと... それくらい聡明で感受性の強い犬種であることだと思うんです. それに,もしかしたらこれは,(ハンドラーの指示に従うことが絶対である) 仕事犬や競技犬では案外難しくて,家庭犬だからこそ引き出せる長所なのかもしれません.

 そんな彼らがいつか心を開放してくれるような,肩の凝らない息の長い付き合いが できればいいなと思っています.

おつかれさま

 りんが今までに覚えたこと.
 「りん」が自分だってこと.
 家の中で暮らすこと.家の中では静かにすること.誰かと一緒じゃなきゃ外に 出ちゃいけないこと.マンションの中ではダッコされること.ごはんはお皿から 食べること.食べたくても「OK」が出るまで我慢すること.待つときは座ること. みんなが寝るときは自分も寝ること.おとなしくお風呂に入ること. トイレを決まったところですること.いつもちゃんと目を見ること. おもちゃとホネ以外は齧っちゃいけないこと.物を運ぶときはお手伝いすること. お手伝いするとお菓子が貰えること.生ゴミをあさるとこっぴどく怒られること (でもやめられない〜).猫とは仲良くすること. 普段は家の中でずぅぅぅぅぅーっと一人ぼっちで留守番すること. 誰かが帰ってきても,飛びついちゃいけないこと.

 外ではリードを外しても遠くに行っちゃいけないこと.喧嘩してはいけないこと. 子供に歯をあてちゃいけないこと(ボスの手と踵はOKだけど!). ボールを追いかけて持って帰ること.車の中でおとなしく待つこと. 鳥や車や自転車を見ても追わずにガマンすること.拾い食いをしないこと. 勝手に水に飛び込んじゃいけないこと.

 いろーんな「ことば」.
 カム,ゴー,ダウン,おんぶ,ステイ,ジャンプ,カムバイ,ウェイトゥミィ, キャッチ,ドロップ,アップ,ロール,ハンド,タッチ,グッド,オーバー, ファインド,よしこい,フェッチ,ハウス,ブレイク,ごはん,ノー,だめ, プール,川,たまご,ブラシ,パパ,ママ,りさ,たろう...
 いろんなしぐさ,表情.

 それから,それから,頭がパンクしそうなくらいたくさんの「きまり」.  

 ・・・犬が人間と暮らすのって,その逆よりずっと大変なんではないのかな?
 そんなことをふと考えてみたりするのでした.

2つのお仕事

 犬とお仕事をしようと思っている人は最近多いでしょう.特にボーダーコリーは万能(Versatile)と評されて,何でもできる犬だからいろんなことに挑戦するのが楽しいと思います.決まりきったところではアジリティや訓練競技会,ディスクドッグってところでしょうか?
 もちろん,競技会や大会に参加しなくたって,ただ,ボールを投げて捕ってくるだけだって,ウォーキングやハイキングのお供だって,飼い主と一緒の立派なお仕事だと思うのです.飼い主がこうして欲しいって思うことがこんなに通じる犬はいないのではないかって思います.

 でもね,もっとすごいのは自分で考えてお仕事ができるってことだと思うんです.飼い主に代わって家の中を仕切ろうとしたり,飼い主が何かをしているときに周りを守ろうとしてくれたり.

 以前,ボーダーコリーを飼っている何家族かでバーベキューをしたことがありました.みんなそれぞれに思い思いにその辺をふらふらしていたのですが,肉が出てくるとそうもいきません.盗み食いを試みる輩も出てきました.りんも盗み食いは得意なのですが,パパが焼く作業をしていたために彼女は肉を守るほうになりました.近づいてくる犬たちを威嚇して肉を守ってくれるのです.パパが焼く作業を誰かに交代したとたんに,肉を守る役も降りました.とってもわかりやすい,自分で考えた行動だったんですね.

 コマンドにすばやく反応し,ビシッと飼い主の目を見てきびきびと動くのがボーダーコリーなら,いつも飼い主のために仕事をしようと考えてくれるのもボーダーコリーではないでしょうか.

 いつも飼い主に代わって監視され,ときに濡れ衣を着せられる(りんが告げ口するので)我が家の猫にはいい迷惑でしょうけどね.

りんとの出会い

 我が家のボーダーコリーはりんと言う.漢字で「凛」,英字表記で「Lynne」と決めた.ボーダーコリーを犬種図鑑なんかでちょっとだけ調べて,凛々しい子になって欲しいなあという気持ちからつけたんだけど,凛々しいには程遠い甘えんぼなので結局ずーっと平仮名の「りん」.
 私たちがボーダーコリーを飼いたい!と思って向かった先はご多分に漏れずペットショップ.他の流通経路なんて知らなかったし,ブリーダーという言葉すらちゃんと理解していなかった.1997年12月の話.まだそのころはあまり見かけない犬種だったので,ペットショップにお願いしてどこからか連れてきてもらうことになった.「見てから気にいったら買ってくれればいいから.」とそこのおじさんは言ってくれたけど,一目見てこの愛くるしさに負けましたわ.生後55日の毛玉でした.

 一応,一般的な「子犬の飼い方」については説明を受けたし,獣医さんの紹介もしてくれた.ペットショップにしては良心的なほうだったのかな? しかし,「子犬の飼い方」はことごとくりんに裏をかかれたような気もする.

 毎日がいろいろな意味での「なんで?」の連続だった.なんでこの子はトイレの上で寝るの?なんでこの子は教えもしないのにおもちゃをレトリーブしてくるの?なんで猫のウンチを食べるの?なんで今寝てたベッドの上におしっこするの?なんでこの子はまっすぐ人の目を見つめるの?・・・

 ボーダーコリーのことが,というよりもりんのことをもっと知りたくてインターネットの犬の世界に足を踏み入れてみた.そういえば,「やさしい子犬の飼い方,じゃなくてボーダーコリーの飼い方教えてください!」なんて,どこかの掲示板に書いたっけ.(その節から現在までなにかとお世話になっております.)

 私が入った,とある犬の世界はとっても奥の深いところだった.犬を擬人化することもなく,自分の犬達をしっかりと観察し,常に客観的な事実を元に,「犬と暮らす」という一見簡単そうなことを掘り下げていく人たちが何人もいた.

 それまでにも犬が好きで犬のことを勉強しようと漠然と思っていた私は,ある団体の資格試験を受けようと教本などを読んでいたが,この勉強が現実の犬達のことに結びつきを持ち始めたのは,この犬の世界のおかげと言っても過言ではなかった.実際にりんを我が家に迎えて,りんと向き合うことでようやく本に書いてあることを実感できるようになってきたのだ.

 ところがそれは困ったことに,今まで私のとってきた行動を私によって否定されるという皮肉なことになってしまった.

 どんな本にも書いてある,犬の社会化期.この時期に親兄弟から離されペットショップにいる矛盾.2ヶ月の子犬が心に負った傷を癒すのに何年もかかったと言う話も聞いた.そんな精神的な情緒を育む大事な時期にガラスケースに入れられている子犬たち.
 それから,ボーダーコリーはこんな犬よ,と説明してもらえる人を最初から探せばよかったこと.親犬が見られれば百聞は一見にしかずだったこと.

 だからといって,りんが悪い犬というわけではけっしてない.たまたま出会った場所がペットショップであっただけ.彼女のおかげで世界が広がり,人生を変えられたんだもの.そして私たちのところで一生を楽しく送らせてやること.これが私たちが手に入れた命と彼女の一途な愛に対する私たちの義務.

 どんな出会い方をしてもこの義務は変わらない.この世に生まれてきた犬たちがみんな幸せになりますように.